トップが語る、「いま、伝えたいこと」
この度の中学1年生の男の子の痛ましい事件、同じく男の子を持つ親として、毎日片時も頭を離れることがありません。さまざまな報道で、直前の人間関係と経緯が判明してきていますが、清らかな笑顔のあの男の子がどのような気持ちで、夜外出したのかと想像すると胸が痛みます。
自分を信じ、自分とつながりのあるまわりとの関係を信じ、自分が生きているこの社会を信じる……、そんな当たり前のことを、子どもの心にもたせることの難しさ、いのちを与えられたことに感謝して生きるという大原則をどのように教えたらよいのか……その原点に立ち返る時期に来ていると思います。
愛知県の岡崎市に吉村医院という産婦人科があります。1932年生まれの吉村正先生は、たくさんの本を書かれていますが、代表作は『「幸せなお産」が日本を変える』(講談社α新書)で、電子書籍でも読めます。世界的に注目されている河P直美監督によって、2010年に吉村医院を追ったドキュメンタリー映画も作られています。
吉村先生の『いのちのために、いのちをかけよ』(地湧社)という本を読みました。その本文の中に、
「自然は完璧です。わしは無神論者ですが、神がやっているとしか思えん奇跡のようなお産を何度も目のあたりにして、自然にすべてをゆだねる生き方をするようになりました。 ですから、あらゆることに自然であることをわしは求めます。そして必然によって、生まれるものにこそ、美しさと真実を感じます。」
という箇所があり、雷に打たれたように感動しました。
どうしても先生に会いたくなり岡崎まで行ってきました。吉村先生は、まったくの自然分娩しか行いません。逆子であっても、赤ちゃんの頭が見えていても自然分娩で生むことが自然であり、手術をしたり、薬を使ったり、器具を使ったりすることはすべて不自然なことと考え、よほどのことでない限り使わない方針です。
そのためには、昔のように妊婦は身体を動かすことを奨励されます。臨月の妊婦も、1日に3時間歩いて、300回スクワット(主婦ですの雑巾がけでやります)をしたりしています。吉村医院には古家が併設されていて、そこでは妊婦の人が薪を割って、その薪でご飯を炊いたり、料理をしたりしています。また、現在の吉村医院の院長である田中寧子(やすこ)先生は、白衣ではなく着物に割烹着を着て診察をしています。
ご本人も吉村医院で出産したという助産師さんに、「ここで赤ちゃんを産むということは、覚悟が要りませんか?」と聞いてみました。
私には畳の部屋で、医療を施されずにお腹が張っても運動をしなさい、というのは現代人にとって過酷な環境だと感じられたのです。
でも、助産師さんは意味が分からないという感じで、「元々、出産というのは女性にとって覚悟が要る行為です。それを自然の形でできるように、吉村先生のアドバイスで出産に臨むのはとても自然なことでした」とおっしゃっていました。今月、83歳になられる吉村先生は、いまは診察をすることはなくなり、田中先生は吉村先生に比べるとずいぶんマイルドになったということですが、私からみれば十分ワイルドな環境でした。
最近は調子が悪いことが多いので、ほとんど来客に会われることはないそうですが、吉村先生のお嬢様の大辻織絵さんに言わせると「奇跡的に」結構、長時間お話をさせていただきました。本物に出会わせていただいて、私の覚悟がまだまだ不十分なことがよくわかりました。
吉村先生を私に引き合わせてくれたのは、札幌在住の花作家・森直子さんです。森さんは『北海道 くらしの花レシピ』(北海道新聞社)を、昨年暮れに上梓され、北海道新聞でも連載が始まるなどいまもっとも活躍している花作家のお一人です。
2010年に出版した『KIRIBANA』という写真集がまたすごくて「手つかずの美しさ(大自然)と、手を加えられた美しさ(切り花)の調和と融合」がテーマで、支笏湖、赤岳、樽前山、長沼町、京極町などで撮った切り花の迫力がすごく、写真集を見たサウンドヒーリングの増川いづみ先生が森さんに花を習うためにわざわざ北海道まで行かれる予定を組まれているそうです。
森さんは、看取り師の柴田久美子先生(『いのちの革命』(きれい・ねっと)の共著者)を私にご紹介くださった方でもあります。死生観が私の現在の大きなテーマであることはこのコラムでも何回か書かせていただきましたが、今回吉村先生とご縁をいただいて「誕生と死」というサイクルにも心を向けたいと思いました。
前述した吉村先生のお嬢さんの織絵さんと森直子さんがコラボで4月4日に名古屋でイベントが開催されるようです。
http://ameblo.jp/harufds/image-11994996988-13229812950.html
ご興味のある方はぜひご参加ください。
最後に。吉村先生がご著書の中で 万葉集の高市連黒人の句を紹介されているのが印象的で
思わず手帳に書き留めました。
【いづくにか 船泊てすらむ 安礼の崎 漕ぎたみ行きし 棚無し小舟】
(いづくにか ふなはてすらん あれのさき こぎたみゆきし たななしおぶね)
(意訳)昼間に見た小さな船が陽光輝く大海原を漕ぎまわって、遠くにある半島をずっとまわってみえなくなっていった。その船は今頃どこに停泊しているのだろう
読む人にさまざまなものを投げかけてくる句だと思いました。私も船棚のない小さな小さな船です。太陽がさんさんと降り注ぐ気持ちのいい時間も、そうでない時もさまざまな航海を過ごしています。人生はあっという間の航海です。その中で、自分自身の依って立つところをみつけ、見つめていきたいと思います。
=以上=
2015.03.23:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】にじ色の鳥 (※舩井勝仁執筆)
2015.03.16:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】伊勢の父の思い出 (※舩井勝仁執筆)
2015.03.09:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】いのちのために、いのちをかけよ (※舩井勝仁執筆)
2015.03.02:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】信用創造 (※舩井勝仁執筆)