トップが語る、「いま、伝えたいこと」
まずはじめに、「令和8年熊本地震」によって尊い命を失われた皆さまとそのご家族さまに、心より哀悼の意を表します。そして、被災されたすべての皆さまに、慎んでお見舞い申し上げます。一日も早い被害実態の把握、そして対策、復旧、さらには地域の皆さまの安心、安全を心よりお祈り申し上げます。
どれほど科学が進歩しても、大自然の前では、人間は決して万能ではありません。日本という国は、そのことを何度も何度も教えられてきました。
阪神・淡路大震災。
東日本大震災。
能登半島地震。
そして熊本地震。
そのたびに私たちは涙を流し、多くを失いながらも、人と人との助け合いによって立ち上がってきました。しかし、いま私たちの前には、さらに大きな課題が横たわっています。
南海トラフ巨大地震。
首都直下地震。
そして富士山噴火……。
これらは「必ず起こる」と断言できるものではありません。しかし、多くの専門家が将来的な発生可能性について研究を続けており、日本人である以上、「起こらないこと」を前提に生きることはできない時代に入っています。
だからこそ、私たちは、「恐れる」ことではなく、「備える」ことを選ばなければなりません。その中で、どうしても考えざるを得ない問題があります。
それが原子力発電所です。
東日本大震災では、津波そのものだけでなく、福島第一原子力発電所事故によって、多くの人が故郷を失いました。自然災害が、人災へと拡大してしまった出来事でした。
私は以前から、原発の運転差し止めを命じた元裁判官・樋口英明先生と親しくお付き合いさせていただいています。樋口先生が一貫して訴えてこられたのは、「反原発」というイデオロギーではありません。司法に携わる者として、「人の命を守る」という、ごく当たり前の原則です。
樋口先生は、こうした趣旨のことを繰り返し語られています。
「一般の住宅であれば、現在の耐震基準を満たさなければ建築は認められない。しかし、もし一般住宅より耐震性が十分とは言えない施設で、ひとたび事故が起これば国土全体に計り知れない被害をもたらす原子力発電所が存在するなら、それを運転し続けることは社会として許されるだろうか。」
原発事故は、一企業だけの問題では終わりません。事故が起これば、多くの人が故郷を離れ、農地や海、地域社会まで失われる可能性があります。その影響は、一世代では終わらないことさえあります。だからこそ樋口先生は、「経済的利益」と「人命」とを天秤にかけてはならないと考えられたのです。
巨大地震そのものを人間が止めることはできません。しかし、自然災害が人災へと拡大する可能性を減らすことはできます。それこそが、文明の知恵であり、私たちに課せられた責任なのではないでしょうか。
とはいえ、日本という国の未来を悲観ばかりしていてはいけないとも考えます。むしろ、日本ほど災害に向き合ってきた国だからこそ、世界に貢献できる新しい技術を生み出せると信じています。
たとえば、もし富士山の噴火が起こったとき。
大量の火山灰は、道路や鉄道、航空機、送電設備など、社会全体に大きな影響を与えると考えられています。
「それを防ぐ方法はない。」
そう決めつけてしまうのは簡単です。
しかし、人類はこれまで「不可能」と言われたことを何度も実現してきました。
飛行機もそうでした。
人工衛星もそうでした。
AIもそうでした。
ならば、火山灰を防ぐ巨大シールドや、新素材による都市防護技術、あるいは火山エネルギーを制御・活用する新たな工学が生まれないと言い切れるでしょうか。もちろん、現時点でそのような技術が実用化されているわけではありません。しかし、「未来への発明」は、いつも「そんなことはできない」という常識を超えたところから始まっています。だから、未来を悲観するよりも、未来を創造する人たちを応援したいと思うのです。
日本には、世界最高レベルの素材技術があります。
ロボット技術があります。
宇宙開発があります。
AIがあります。
防災工学があります。
もちろん、それらを凌駕するような技術も国外にいっぱい存在します。これらが融合したとき、「災害を減災する国」から、「災害に強い文明を世界へ輸出する国」へ、日本は進化できるのではないでしょうか。
舩井幸雄は、「時流を読むこと」の大切さを繰り返し語っていました。しかし、それは単に未来を予測することではありません。未来を創る人になることでした。変化を恐れず、新しい価値を生み出し、人類全体の幸福につながる方向へ知恵を使う……。それが、本当の意味で「時流に乗る」ということだったのだと思います。
では、私たちに何ができるか……ということですが、ごく当たり前のことをあらためて3つ述べたいと思います。
第1に、「備えること」。家庭での防災用品の準備、家族との連絡方法の確認、地域とのつながりを大切にすること。
第2に、「学ぶこと」。正しい情報を知り、感情だけで判断せず、科学も歴史も両方から考える姿勢を持つこと。
そして第3は、「希望を持つこと」。未来は、恐怖からは生まれません。希望からしか、新しい文明は生まれないのです。
災害は、ときに人間の無力さを教えてくれます。しかし同時に、人間の優しさも、知恵も、創造力も教えてくれます。歴史を振り返れば、日本は幾度となく焼け野原から立ち上がってきました。そのたびに、より強く、より豊かな国を築いてきました。
だから、私は信じたいのです、未来を……。
次の時代もまた、きっと日本人は困難を乗り越えるでしょう。科学者は新しい技術を生み出し、企業は新しい製品を生み出し、地域は助け合い、人々は互いを支え合う……。
そして一人ひとりが、「自分にできることは何か」を問い続けるとき、日本は災害大国ではなく、「世界一、命を守る知恵を持つ国」へと変わっていくのではないでしょうか。いや……、そうならなくてはいけないと考えます。
未来は、待つものではありません。
未来は、私たち一人ひとりが、今日という一日をどう生きるかによって形づくられていきます。災害を恐れて立ち止まるのではなく、命を大切にし、備え、学び、そして未来を創造する……。それこそが、これからの日本人に求められる生き方なのだと、私は思っています。
舩井幸雄は、生前、「悲観論には価値がない」とよく語っていました。問題を直視することは大切です。しかし、それ以上に大切なのは、「では、どうすればよいのか」を考え続けることです。
悲観論は人を縮こまらせてしまいます。しかし、希望は新しい文明を生みます。舩井幸雄が最後まで信じ続けたのは、人間の可能性でした。科学も、技術も、教育も、そして人と人との絆も、すべては命を守るためにあります。災害を恐れて生きるのではなく、災害から学び、備え、未来を創造していく……。その歩みこそ、日本という国が世界へ示すことのできる、新しい希望ではないかと思いたいのです。
私もまた、舩井幸雄が信じた「人間の可能性」を信じます。
どれほど困難な時代であっても、人間には未来を創る力があります。その力をどこまでも信じたいと思います。
感謝
舩井 勝仁 (ふない かつひと)
株式会社船井本社 代表取締役社長1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。 2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了) 著書に『生き方の原理を変えよう』 |
佐野 浩一(さの こういち) 株式会社本物研究所 代表取締役会長公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事 ライフカラーカウンセラー認定協会 代表 1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。 著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』 |











株式会社船井本社 代表取締役社長



















