トップが語る、「いま、伝えたいこと」
去年のことですが、イラクで殺された香田さんの殺される場面をインターネットを通じて見ました。自宅でパソコンで見たのですが、何とも言えない気持ちになりました。このような場面が、いま、その気になりさえすればだれでもカンタンに見ることができるということとともに、なぜ人は、このように人を残酷に殺せるのか、それだけでなくそれを誇示したくなるのかと考えて暗然としたものです。
ところで、正月休みに恵雅堂出版刊の『共産主義黒書』を読みました。これはクルトワとヴェルトという二人のフランス人の歴史学者のまとめた著書ですが、そこには共産革命による死者の数が、概数ですが書かれていました。
驚くなかれソ連で2500万人、中国では6500万人、ベトナム2000万人、北朝鮮200万人、カンボジア200万人、東欧100万人という概数が載っていました。びっくりしましたが、この数値はほぼ正しいと思います。
ヒットラーのナチズムによる犠牲は2500万人といわれており、満州事変から太平洋戦争での日本の参戦による犠牲者は、中国人はもとより、日本人の原爆による死者、ソ連に抑留された人々の死までを含めても200万人強と考えられています。ちなみに江戸末期から明治維新の時の日本人の死者は桜田門の変から西南戦争までを含めても4万5千人ぐらいです。これらのことは、日本人の特性も含め、いろんなことを教えてくれます。読者の皆さんも考えてみてください。
ともかく、人間は「これは敵で殺した方がいい」と考えた時、そして「その憎しみを誇示した方がいい」と考えた時はとんでもない残酷なことができるもようです。特に知的にというか、人間として成熟しない人々ほど平気で人を殺すもようです。
しかし考えてみると、その裏面に「自分や自分らは絶対に正しいのだ」という人間としての理性的(?)論理があるように思えるのです。理性的というのは、「自分の知性で考えて納得した人間的特性による論理と言っていい」という意味です。
ともかく人は知性、理性、良心を持った存在ですが、まだ低知性で良心に目ざめるまでにいたらないレベルの時が、だれにでもあります。そのような時に何かに盲信すると、それが正しくないことならとんでもないことを起こします。
何が正しいか正しくないかは「自然の攝理」が教えてくれますが、他をいぢめたり、競争すること、その究極にある戦争とか人を殺すということは、どう考えても正しくないことです。
特に人は、このようなセオリーを「正しい」として盲信する愚をくりかえさないようにしたいものです。
=以上=
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