トップが語る、「いま、伝えたいこと」
コロナ禍を経て、バイデン政権の期間で、物価は急上昇し、そこそこの収入があっても自宅を手放さざるを得なくなった人々……。郊外に生活を求め、人が動く中、ややもすればゴースト化した都市中心部には、心に痛手を受け禁止薬物に走った人々が残されていく……。舩井メールクラブで配信している対談動画収録にて、高島康司先生から伺った、いまのアメリカの“本当の姿”。
「もう民主党政治はコリゴリだ……」と感じていた人たちは、少しでもマシな生活を求めるべくトランプ氏に投票した……。様々な論評が発表されていますが、どうやらトランプ氏圧勝の根本的原因はここではないかということで、私自身はとても納得したのです。
そもそも「二大政党制」とは、政権担当する政党と、同程度の勢力を持った政党の2つの政党が存在する状態です。二大政党制のメリットは、有権者にとっては二択となるので、政策上の争点が明確で、政党の選択をしやすく政権が安定しやすくなるという点があります。
二大政党制のデメリットは、メリットの裏返しということにはなりますが、大きくわけた二択で選ばなければならないので、国民の意思を二分することになり、様々な少数派の意思が反映しにくい点があげられます。
また、今回のように政権交代があった場合、二党の政策の方向性が全く違う方向を向いている場合、大幅な政策変更により政治の不安定化を招く場合があり、政策の一貫性が失われるというリスクもあります。
教科書的な説明をすると上記のようになりますが、二大政党制の場合、「選択の余地がない」わけで、トランプ氏をそもそも支持していた人たちはもちろんですが、迷いが生じた有権者の一部が、「民主党でない方」「トランプ氏は嫌いだけど、民主党はコリゴリだ」と考えた人たちの動きによって、僅差で選挙人を得ていった……というのが現実ではないかと感じています。もちろん、人権問題や人工妊娠中絶に関する考え方、外交問題、経済政策など、様々な争点があったことは言うまでもありません。
しかしながら、その選ばれたトランプ新大統領は、これからおそらくさらなる独裁的な手法で、アメリカを動かしていこうとするのは目に見えています。
「三権分立」とは、国家の最高権力を、一人に集中させず、立法権・司法権・行政権の三権に分け、それぞれを別個の機関にゆだねて互いに監視、牽制しあう政治システムのこと。一般に立法権は議会(国会)、司法権は裁判所、行政権は政府に付与されます。
こうした形態は、まずイギリス革命の中で絶対王政の王権制限として始まり(完全な三権分立とは言えませんが……)、フランスの啓蒙思想家モンテスキューが『法の精神』で体系化しました。
そして、1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法はそれを国家の主要形態として採用した最初のものだと言われています。フランスでは、それに続く1791年の憲法にて採用され、その後、様々な国々での専制政治や独裁政治の出現がありながらも、20世紀までにほぼ近代的な国家システムとして採用されてきました。
では、そもそもモンテスキューは、『法の精神』(1748年)において何を主張したのか……。
「すべて権力をもつ者はそれを濫用しがちである。彼は極限までその権力を用いる。権力の濫用をなしえぬようにするためには、権力が権力を抑制するよう事物を按配することが必要である」と述べています。その考えにもとづき、モンテスキューは権力を抑制するしくみとして「立法権」、「万民法に関する事項の執行権」、そして「市民法に関する事項の執行権」という3つの権力を、それぞれ異なった機関で分担する方法論を説いたのです。「万民法に関する事項の執行権」が今日の行政権にあたり、「市民法に関する事項の執行権」が裁判所にあたります。
ただし、モンテスキューは、「立法権」は人民の代表と貴族の代表の双方に与えられるべきであるとされ、その前提として「二院制議会」が考えられていました。それはモンテスキュー自身が貴族の出身で、イギリスの二院制を参考にしたからだと言われています。
実は、モンテスキューよりも先に、ロックも権力分立を説いていましたが、ロックの場合はあくまで議会優位で議会を最高権力と位置づけていました。一方、モンテスキューは三権には優劣がないこと、その前提に立って相互を監視する役割を持たせるという考え方がありました。
その「三権分立」さえも、ぶっ壊してしまうかもしれない人物を選ばざるを得なかったことは、ある意味「二大政党制」の持つ、脅威すぎる問題点だと感じました。
さて、これ以上、素人である私が踏み込むつもりはないので、ここからは「モンテスキュー」自身に焦点をあてていきたいと思います。
モンテスキューは、フランスの哲学者で、「社会学の父」とも呼ばれています。
1689年にフランスのボルドーで、貴族の家系に生まれます。長男でしたので、7歳の時に母親が亡くなると、母親の遺産を相続し、幼いながら男爵領を得るのです。とにかく勉強、学問が大好きで、法学部を出た後もパリにわたり、勉強を続けます。24歳でボルドーに戻ると、翌年にフランスの裁判所にあたる司法機関、ボルドー高等法院の参事官に就任しました。27歳で叔父が亡くなった後、男爵領と高等法院副院長の官職を引き継ぐこととなります。でも、仕事よりも勉強が好きだったようです。アカデミー会員として学術研究に注力し、自然科学などの研究を行っていたようです。また32歳の時にはフランス社会、政治を批判した風刺小説「ペルシア人の手紙」を匿名で出版し、文学者としてのスタートも切り、その後、37歳で副院長職を辞職します。
「ペルシア人の手紙」が大きく評価され、フランスの最古の国立学術団体、アカデミー・フランセーズ会員に選出されます。すぐにヨーロッパを旅してまわり、各国の社会情勢を視察しました。特に立憲君主制を基本とするイギリスの政治に強く影響を受けたそうです。これが、後の『法の精神』の執筆につながっていくのです。
『法の精神』の完成には何と20年もの歳月がかかりました。出版したのは1748年、モンテスキュー、59歳の時でした。
その中で、モンテスキューは、様々な名言を残していました。
「法の盾と正義の名を借りて行われることよりも残虐なものはない。」
「自由とは、法の許す限りにおいて行動する権利である。」
「真に偉大な人間になるためには、人々の上に立つのではなく、彼らと共に立たなければならない。」
「役に立たない法律は、必要な法律を弱める。」
「偽りの幸福は人を険しく、高慢にし、その幸福について誰かと話し合うことはない。本当の幸福は人を親切で賢明にし、その幸福は分け与えられる。」
「宗教を愛し、それを守っていくには、それを守らぬ者を憎んだり、迫害したりする必要はない。」
「知識は人間に人間味を与え、温厚さを生む分別を与える。しかし、偏見は人間の全ての柔和な気質を失わせる。」
これ、全部、トランプ新大統領にプレゼントしたいと思いました。拙稿を読んでもらえたらなんて……、アホなことを書いていますが、いまのアメリカにおいても、日本においても政治家として、国の指導者として、大事な指針ばかりだと思いました。
最後になりますが、モンテスキューは、つぎのような言葉も残しています。
訳し方によって、ニュアンスの違いが生まれるのですが、原文はつぎのとおりです。
Friendship is an arrangement by which we undertake to exchange small favors for big ones.
これを、つぎのように訳しているサイトがありました。それを参考にすると、
「友情とは小さな好意を大きな好意で返すことである。」となります。
いまのように、人間関係がある意味希薄になる時代が訪れることを、モンテスキューが読んでいたかは定かでありませんが、まさに、見返りを求めない人間関係を説いているがごとく、すごく印象に残りました。
自分の利益よりも相手のことを考える……。
モンテスキューの思いは現代の私たち、そして現代の指導者たちに伝わっているのでしょうか……?
感謝
2024.11.11:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】モンテスキューとトランプ氏再選 (※佐野浩一執筆)
2024.11.04:【いま 一番知らせたいこと 、言いたいこと】副島先生の語るトランプ (※舩井勝仁執筆)
舩井 勝仁 (ふない かつひと)
株式会社船井本社 代表取締役社長 1964年大阪府生まれ。1988年(株)船井総合研究所入社。1998年同社常務取締役 同社の金融部門やIT部門の子会社である船井キャピタル(株)、(株)船井情報システムズの代表取締役に就任し、コンサルティングの周辺分野の開拓に努める。 2008年「競争や策略やだましあいのない新しい社会を築く」という父・舩井幸雄の思いに共鳴し、(株)船井本社の社長に就任。「有意の人」の集合意識で「ミロクの世」を創る勉強会「にんげんクラブ」を中心に活動を続けた。(※「にんげんクラブ」の活動は2024年3月末に終了) 著書に『生き方の原理を変えよう』(2010年 徳間書店)、『未来から考える新しい生き方』(2011年 海竜社)、『舩井幸雄が一番伝えたかった事』(2013年きれい・ねっと)、『チェンジ・マネー』(はせくらみゆき共著 2014年 きれい・ねっと)、『いのちの革命』(柴田久美子共著 2014年 きれい・ねっと)、『SAKIGAKE 新時代の扉を開く』(佐野浩一共著 2014年 きれい・ねっと)、『聖なる約束』(赤塚高仁共著 2014年 きれい・ねっと)、『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(朝倉慶共著 2014年11月 ビジネス社)、『智徳主義【まろUP!】で《日本経済の底上げ》は可能』(竹田和平、小川雅弘共著 2015年 ヒカルランド)、『日月神示的な生き方 大調和の「ミロクの世」を創る』(中矢伸一共著 2016年 きれい・ねっと)、『聖なる約束3 黙示を観る旅』(赤塚高仁共著 2016年 きれい・ねっと)、『お金は5次元の生き物です!』(はせくらみゆき共著 2016年 ヒカルランド)がある。 |
佐野 浩一(さの こういち) 株式会社本物研究所 代表取締役社長 株式会社51コラボレーションズ 代表取締役会長 公益財団法人舩井幸雄記念館 代表理事 ライフカラーカウンセラー認定協会 代表 1964年大阪府生まれ。関西学院大学法学部政治学科卒業後、英語教師として13年間、兵庫県の私立中高一貫校に奉職。2001年、(株)船井本社の前身である(株)船井事務所に入社し、(株)船井総合研究所に出向。舩井幸雄の直轄プロジェクトチームである会長特命室に配属。舩井幸雄がルール化した「人づくり法」の直伝を受け、人づくり研修「人財塾」として体系化し、その主幹を務め、各業界で活躍する人財を輩出した。 2003年4月、(株)本物研究所を設立、代表取締役社長に就任。商品、技術、生き方、人財育成における「本物」を研究開発し、広く啓蒙・普及活動を行う。また、2008年にはライフカラーカウンセラー認定協会を立ち上げ、2012年、(株)51 Dreams' Companyを設立し、学生向けに「人財塾」を再構成し、「幸学館カレッジ」を開校。館長をつとめる。2013年9月に(株)船井メディアの取締役社長CEOに就任した。 講演者としては、経営、人材育成、マーケティング、幸せ論、子育て、メンタルなど、多岐にわたる分野をカバーする。 著書に、『あなたにとって一番の幸せに気づく幸感力』(ごま書房新社)、『ズバリ船井流 人を育てる 自分を育てる』(ナナ・コーポレート・コミュニケーション)、『私だけに教えてくれた船井幸雄のすべて』(成甲書房)、船井幸雄との共著『本物の法則』(ビジネス社)、『あなたの悩みを解決する魔法の杖』(総合法令出版)、『幸感力で「スイッチオン!」』(新日本文芸協会)がある。 |