ヨーロッパの本格的なエレガンスを日本に導入
"食卓"をテーマに、変化し輝き続ける
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洋菓子界のカリスマ・今田美奈子さんをご紹介
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今回紹介するのは、ヨーロッパ各地の国立の製菓学校やホテル学校で学び、日本にチーズケーキをはじめ、様々な洋菓子を最初に紹介した、洋菓子界のカリスマ・今田美奈子さんです。
「食卓を主役とした"エレガンス"」をテーマに、いつの時代も女性を魅了し続ける今田さんはいつまでも若々しく品格が漂っています。
2003年にはフランス政府芸術文化勲章も受章され、時代の流れを敏感に察知した今田さんのお話はとても魅力的です。 |

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今田美奈子さん
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プロフィール
今田 美奈子(いまだ みなこ)
ヨーロッパ各地の国立の製菓学校やホテル学校で学び、「今田美奈子食卓芸術サロン」(今田美奈子お菓子教室)を主宰。2003年フランス政府芸術文化勲章受章。スイスやドイツの国立製菓学校より金賞受賞。フランス・サン・バキュス美食協会より美食大使の称号、他多数受賞。日本ペンクラブ会員。白百合女子大同窓会奨学基金運営委員長。湯河原の吉浜海岸にある「銀河館」(軽やかな海の幸や、ジョサイア・コンドルの建築を楽しむレストラン・サロン)でのサロン講座(随時開講)や各地での講演なども行っている。主な著書:『貴婦人が愛した食卓芸術』 (角川書店)、
『正当のテーブルセッティング』 (講談社)、
『お祝いのシュガーケーキデコレーション』 (柴田書店)、
『セレブリティのテーブルマナー』 (主婦の友社)など多数。
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―今田先生は、日本の洋菓子界の基盤を築いた方として有名ですが、洋菓子に深い関わりを持つようになった経緯はどんなものだったのでしょうか?
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今田:まず、私が初めてスイスの国立製菓学校を訪れたのは、今から36年前の1971年のことでした。当時私は36才でした。茶道や華道がとても盛んな時代で、女性が皆、教養と嫁入り道具の一つとしてそれらを習い、身に付けていた頃だったのですね。
その頃の日本のお菓子といえば、「女・子供のおやつ」と軽く思われていて、とても文化と呼べるようなものではありませんでした。当時日本にあった「洋菓子」といえば、ショートケーキやモンブラン、シュークリームくらいでしたね。ところがヨーロッパに実際に行ってみると、チョコレートボンボンから焼き菓子からムースなどの柔らかいお菓子まで、系統立てて、ありとあらゆるものがあったのです。見た目も美しく、フワフワと甘いそれらは、老舗のお店で売られ、長い歴史の中、母から娘にそのレシピは伝わっていました。
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それらのお菓子は同じ名前と形でずっと伝承されて、一つの大きな文化を築いているということを知りました。日本では軽んじられていたものが、外国では文化遺産だったんですね。
それを知って私は衝撃を受けました。そして、やがて日本でも生活様式が洋風になれば、そういうお菓子の知識を皆が求めるだろうと感じました。
「茶道や華道に通じる教養の一つとして、『洋菓子』というものが日本にも入ってくるだろう」と直感的に感じとったのですね。
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―ヨーロッパに行くようになって、日本にもやがて洋菓子の文化が広がるだろうと直感されたのですね。ところでその当時単身でヨーロッパへ行くというのは大変だったのではないでしょうか?
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今田:ええ、当時すでに、私には夫と小学生の息子と娘がいましたから、それは大変でしたね。幸い母が応援してくれたこともあり、夫も納得してくれ、ヨーロッパへ洋菓子を学びに行くことができました。
最初に渡欧したのは子供の夏休みの期間を利用した1ヵ月間くらいのものでした。ただそれ1回で終わりだと思っていたら目覚めてしまい、その後、何回もいろんな国に行ったり来たりしながら外国の方々と交流を持つようになりました。
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今田:ヨーロッパで学んだことや外国人との交流で経験したことを活かし、日本で、洋菓子の正式な名前と作り方をオープンにした本を出版しました。そのようなものを一般的に日本で紹介した本はそれまでなかったと思います。外国の華やかな文化を当時の日本人が求めていたこともあって、出した本はおかげさまで大変好評になったのです。それをきっかけに、お菓子教室を開くということに発展しました。
さらに、若い女性向きのある人気の雑誌から「外国のお菓子を何か紹介してほしい」と頼まれ、紹介したものにチーズケーキがありました。チーズケーキはその当時、日本ではまったく知られていませんでした。味に少しクセがあるし、「受け入れられるか、どうかな」と思ったのですが、その雑誌がきっかけになって日本で一気に広まりました。
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―チーズケーキが日本に定着したきっかけをつくったのが今田先生だなんてスゴイですね。どんなものが流行するかを察知するセンスをお持ちなのですね。
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今田:いいえ、そんなことないんですけどね。ただその時、自分が面白いと思ったものや興味を持ったものを、多くの人も同じように面白いと思い、興味を持って受け入れてくれるなという感覚はあったのですね。
だから自分から本などで情報を発信する際、それが「自分だけの趣味の世界のものなのか、大勢の人に役立つ、かなり公的な要素を持っている内容なのか」ということを直感的に判断することが大切だと思っています。 |
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また、"本物"というものは根強く、何世紀も続いているものだということを感じ取りました。新しいものを創作したり、開発するのはとても難しいことです。たとえ最初にどんなにいい発想があっても、よっぽどの才能がないかぎり、どうしてもだんだん落ちていってしまいます。ですが、"伝統"を紹介するのであれば、尽きないのです。外国のすみずみまで行って取材すれば、目立たないところにもすごくいいお菓子が潜んでいるのです。庶民が愛したものから、とても高級なもの、歴史的なものまで、ありとあらゆるものが存在していました。
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今田:時代の流れとともに、日本にも瞬く間に洋菓子が広まり、定着していきました。今では、日本の洋菓子のレベルは相当高いものになっています。またお菓子以外にもあらゆる娯楽が日本に広まっていきました。そんなふうに地盤ができてきた頃に、バブルの崩壊があったのです。
それとともに、私が開いているお菓子教室『今田美奈子食卓芸術サロン(今田美奈子お菓子教室)』にお菓子を習いにくる人も、それまでは茶道や華道のように習い事の一つとして通われていたのが、「自分も人に教えられるようになりたい」という希望を持って習いに来る人が増えてきました。
そこで私は、私の教室のカリキュラムを修了したらライセンスを発行するようにしました。そのライセンスを持っていたら自由に「今田美奈子食卓芸術サロン(今田美奈子お菓子教室)」で学んだカリキュラムを指導することができるようにしたのですね。今では大半の方が、自分で教室を開くことを目的にお菓子を習いに来られていますね。 |
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―教室で教えられたカリキュラムを、ライセンス化して皆が自由に教えられるようにしたというのはとてもオープンで良心的ですね。いままでに教えられた生徒さんは全部で何人くらいいらっしゃるのですか?
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今田:「今田美奈子食卓芸術サロン(今田美奈子お菓子教室)」は去年ちょうど30周年を迎えました。その卒業生で、ライセンスを取った人だけの会に「ムースの会」というものがあるんですが、その人たちだけでも5000人はいますね。住所がはっきりしていて、確実なところでです。 |
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そして現在、「今田美奈子食卓芸術サロン(今田美奈子お菓子教室)」では、「食卓芸術」つまりテーブルセッティングと「プロトコール(=国際交流で役立つ世界共通の礼儀作法)」を学ぶことが主流ですね。もう今は皆さんが一流の物や本物を見つめる力を身につけてきていますからね。そんな彼女たちが今度は、さらに心の大切さに気付き始めています。そして、幸せな人生を過ごすためには、健康で、美しく、爽やかな暮らしを営む方法というのをテーブルセッティングを通してサロン形式で学んでいます。そこでは、「健康で、美しく、爽やかな暮らしを営む方法」ということがテーマになっています。
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―最近の女性たちの関心はそのような方向かもしれませんね。ところで、舩井との出会いのきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
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今田:だいぶ前に、講演で京都に行ったことがあるのですが、その時宿泊したホテルで朝食をとっている時、偶然私の知人が船井先生と一緒にいたんです。それでその時同じ席で一緒に朝食をとったんです。それで初めてお知り合いになりました。
その後、最近では私が湯河原の吉浜海岸にオープンさせた『銀河館』にもお越しくださいました。『銀河館』によく来てくださっているある作家の方がいらっしゃるのですが、その方が船井先生と懇意にされていて、一緒に『銀河館』に来てくださったのです。船井先生は本当にいろいろなアイディアを持っていらっしゃって、素晴らしい方で、とても楽しい時間を過ごすことができました。 |
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―そうですか。『銀河館』というのはどういう場所なのでしょうか?
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『銀河館』にて |
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今田:『銀河館』とは、私の父が残した、神奈川県湯河原にある別荘だった洋館を改築したものです。その洋館が、日本に初めて本格的な西欧建築をもたらしたジョサイア・コンドルの作品だと分かり、2005年に皆さまにお使いいただけるレストランやサロン『銀河館』として生まれ変わったのです。
これからは、外国に目を向け、18世紀のフランスの王侯貴族のような、華麗なものを夢見る時代というのは、日本人女性の憧れの焦点としては違ってきていると感じます。そういうものは、もう夢ではなく、アクセサリーの一つに落ちてしまっているのですね。
そして今後は、「ポリシーがあって、精神的な安らぎもほしい」と、皆が求めてきているように思います。精神的な自然との融合という、いわゆる造られた世界ではない夢ですね。「自然の夢」というものを、食べることから、心にしみるものまで、ライフスタイルとして、そういうものをこの『銀河館』で実現していければと思っています。 |
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―なるほど、そのように時代が変わってきていると感じられているのですね。ところで、舩井は「これから世界をリードするのは日本だ」とよく言っていますが、それについて今田先生はどう思われますか?
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今田:そうですね、日本人ほどレベルの高い国は他にないですね。ヨーロッパ諸国の有識者で、その国を牛耳っているようなトップのクラスの方々というのは、品格はあるんです。しかしそういう方々の全てが、ビジネス的な体力や知力を持っているわけではないのです。そしてビジネスマンはあくまでビジネスマンなのですね。専門化されていると言いますか。
一方日本人というのは、一人の人がいろいろな要素を持ち、柔軟にミックスすることができるのです。縦横無尽の頭と企画力を持っているというのは日本人だけだと思います。
だから世界中は日本に対して、脅威を感じていると思いますね。敗戦からここまできたのですから。だから、「これからは日本が世界をリードしていく」という船井先生のお考えは納得できます。日本人は日本人のすばらしさというものをもっと意識していいのではないかと思いますね。 |
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―そうなんですね。ところで話は変わりますが、今田先生が考えられる「おもてなし」で大切なことはどんなことでしょうか?
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今田:「おもてなし」ではやはり、気持ちの交流ができることがとても大切だと思います。 ただその気持ちを、おいしい食事や素敵なイメージのテーブルセッティングなどに込めることで、言葉で「あなた大切に想っているわ」という代わりに、来て下さった方々へのメッセージにすることができるのですね。ですから、そのメッセージのノウハウを心得ておいた上で、ゆとりのある人柄がそこに座っていてるだけでにじみ出るような、素敵な人であればいいと思っています。それは日本だから、外国だからということではなく、世界共通だと思います。そのための「フォーム」づくりを勉強しているのが私の教室です。 |
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―それでは最後に、今田先生が考えられる「エレガンス(品格)」とはどういうものでしょうか?
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今田:そうですね、まあ「エレガンス」というのは、見た感じだけじゃなくて、考え方に気品があることでしょうか。
まずは、接する人にいい気分でいてもらわなければなりませんよね。それはやはり明るさを持つということでいいと思います。というのは、人間は生身の体ですから、明日はどうなるか分からないし、いつどうなるか分かりません。しかしいつも心に向ける言葉が前向きであれば、そういう考えのもとで、日常を過ごしていけますよね。そういうゆとりや力を与えられるということに感謝すると、安心して、何か見えない大きな力に支えられていると感じることができます。たとえ不安な気持ちが浮かんだ時でも、それはもう前向きに信じるしかなくて、前向きに信じると、いいパワーの人が寄ってくるんですね。そしてツキのパワーは、人との交流の中にあると思います。そういう明るさを自分で作り出すのはとても大切で、それに感謝することが大切だと思いますね。 |
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―今田先生、今日は素敵なお話を聞かせていただき、どうもありがとうございました。
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舩井幸雄よりのコメント
かわいい女性だ、と思う。先日、作家の田口ランディさんとも一緒に「銀河館」で会食したが、実によく気の付く人だ。男からみると、やさしく知的でスマート。本当にすてきな人だ。やはりかわいい、すばらしい人といえよう。
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