ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

このページは、社会分析アナリストで著述家のヤス先生こと高島康司さんによるコラムページです。
アメリカ在住経験もあることから、アメリカ文化を知り、英語を自由に使いこなせるのが強みでもあるヤス先生は、世界中の情報を積極的に収集し、バランスのとれた分析、予測をされています。
スピリチュアルなことも上手く取り入れる柔軟な感性で、ヤス先生が混迷する今後の日本、そして世界の情勢を予測していきます。

2022.01.01(第95回)
米中テクノロジー対決の実態

 年が明けた。2022年である。激動の年になりそうだ。今回は、ハーバード大学の最新レポートから明らかになった米中の最先端テクノロジーの対決について紹介する。意外な実態が見えてくる。
 日本ではほとんど報道されなかったが、2カ月前の10月12日、米国防総省のサイバーセキュリティの最高責任者で、米空軍の初代チーフ・ソフトウェア・オフィサーを務めたニコラ・シャイアンが、国防総省のポストを辞任した。米軍の技術革新のペースが遅いことへの抗議と、中国がアメリカを追い越すのを見ていられないというのが理由だった。

 シャイアンは英大手経済紙の「フィナンシャル・タイムズ紙」に対し、中国のサイバー攻撃やその他の脅威にアメリカが対応できないことで、自分の子供たちの将来が危険にさらされていると語った。シャイアンによると、北京が世界的な支配に向かっているのは、人工知能、機械学習、サイバー能力が進歩しているからで、これらの新しい技術は、F-35戦闘機のような大予算の第5世代戦闘機のようなハードウェアよりも、アメリカの将来にとってはるかに重要であると主張した。
 そして、「15年後、20年後の中国に対して、我々が対抗できる戦闘力はありません。今のところ、それはすでに決まっていることです」と述べた。さらに同氏は、「戦争が必要になるかどうかは、一種の逸話です」と言い、「中国が世界の未来を支配し、メディアのシナリオから地政学まであらゆるものを支配するようになる」と主張した。また、アメリカのサイバー防衛力は、一部の政府機関では「幼稚園レベル」であるとも批判した。

 国防総省におけるサイバーセキュリティの最高責任者だった人物のこうした発言は、大きな驚きをもって受け取られた。中国の最先端テクノロジーが急速に発展していることは広く知られていたが、まだ多くの分野でアメリカが優位性を維持していると信じられているからだ。それというのも、中国のテクノロジーについてはさまざまな情報が断片的に報道されることが多く、主要な最先端分野の発展状況を包括的にまとめた報道が少ないことが背景にある。

●「ハーバード・ケネディ・スクール」のレポート
 そうした状況で、公共政策と外交政策の世界最高の研究・教育機関である「ハーバード・ケネディ・スクール」は、「The Great Tech Rivalry: China vs the US(偉大なテクノロジーのライバル:中国対アメリカ)」という題名のレポートを12月に発表した。

 これは、中国とアメリカの最先端テクノロジーの発展をAI、5G、量子情報科学、半導体、バイオテクノロジー、グリーンエネルギーの6つの分野で包括的に比較したレポートである。米中の最先端テクノロジーの発展が、広い分野にわたって俯瞰できる内容になっている。
 中心的な執筆者は、「ハーバード・ケネディ・スクール」のグラハム・アリソン教授である。アリソンは国防次官補だった人物で、アメリカを代表する外交政策の専門家だ。世界的ベストセラーとなった「Destined for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap?」の著者でもある。
 しかし、このレポートの特筆すべき特徴は、その監修者のリストである。以下が監修者だが、アメリカを代表するIT分野、外交政策、そして軍事技術の専門家が名を連ねている。

・ドン・ローゼンバーグ
 世界最先端の半導体メーカー「クアルコム」、「アップル」、「IBM」の元顧問弁護士。

・エリック・シュミット
「グーグル」の前CEO。現在は「Schmidt Futures」の代表。

・ジョン・ホルドレン
「ベルファー科学国際問題研究所」の科学・技術・公共政策プログラム共同ディレクター。ホワイトハウス科学技術政策室前所長。

・ノーマン・オーガスティン
「ロッキード・マーティン」の元CEO、米国工学アカデミー会長、第17代米陸軍次官。

・リチャード・ダンツィグ
 第71代米海軍長官。

・ヴェンキー・ナラヤナムルティ
「ハーバード大学工学・応用科学部」の全学部長。

 このような錚々たる面々が監修者となり、アメリカと中国の最先端テクノロジーの発展水準を包括的に査定している。「グーグル」の元CEOであるエリック・シュミットも監修者にいることは驚きだ。

●中国のテクノロジーの恐るべき発展
 このようなレポートだが、まず出だしはこれまでの反省から始まる。興味深い内容なので、この部分だけ要約的に訳出した。

「1999年、21世紀の到来を記念して、全米科学・工学・医学アカデミーは、今後数十年を見通したレポートを発表した。動物のクローン、自動車に搭載された喋る電子道路地図、タバコの箱ほどの強力なコンピュータなど、「昨日のSFが現実になる」世界を予見していたのである。その報告書では、アメリカの「新しい知識を創造し、それをみんなのために役立てるためのユニークで強力なシステム」が20世紀の生産性上昇の主要なエンジンであり、同様に21世紀の最大の決定要因になると宣言している。」

 このように、1999年の時点では、アメリカが21世紀の最先端テクノロジーをリードすると見られていた。しかしこれが大きな誤算だったとしている。
「今日、この報告書を読み返すと、この報告書が見落としていた象がいる。それは中国だった。アカデミーの全米研究会議が思い描く未来では、中国はほとんど重要ではなかった。
 タイム誌の特集「ビヨンド2000」は、当時の常識を反映して、次のように自信たっぷりに断言した。「21世紀、中国は巨大な工業国になることはできない。一人当たりの所得がガイアナやフィリピンと同程度の中国では、先端技術製品はおろか、それを購入するお金もない。開発するための資源が必要だ。」

 だが、この認識は2010年ころから次第に変化してきたという。

「しかし、2010年になると、この図式は変わり始めた。中国は多国籍企業の低コスト製造拠点として成長し、大衆向け製品の世界的な製造工場になろうとしていたのだ。」

 しかし、それでもアメリカの代表的な知性は中国を過小評価していた。

「中国研究者のウィリアム・カービーが「ハーバード・ビジネス・レビュー」で指摘したように、当時の主流派によれば、「中国は規則に縛られた暗記学習者の国」であり、イノベーションを起こすことはできず、模倣することしかできないと多くの人が信じていた。イノベーションは自由な思想家による自由な社会でこそ実現可能で、権威主義的な政権の下では不可能だという論理である。中国では模倣ソフトウェアの問題が横行し、マイクロソフトがWindowsの海賊版を阻止する努力を放棄したことは有名な話である。」

●中国の恐るべき最先端テクノロジーの発展
 このように、中国が世界の製造業の生産拠点として発展していた2010年になっても、アメリカの代表的な知識人の多くは中国の開発能力をあまりに過小評価していた。
 この50ページのレポートは、この過去の反省に基づき、中国とアメリカの最先端テクノロジーの発展水準の客観的な比較を試みたものだ。次の6つの分野で比較している。以下がその結果だ。

・AI
 AIは、今後10年間に経済と安全保障に最も大きな影響を与えると思われる先端技術である。中国のAIの躍進はごく最近のことで、見逃されているかもしれない。実際多くの競争で、中国はすでにアメリカを追い越して、誰もが認める世界No.1になっている。市場における消費者のAI製品の選択がそれを物語っている。音声技術では、英語を含むすべての言語で中国企業が米国企業に勝っている。

・5G
 5Gでは、国防総省の「国防革新委員会」によると、「中国は、4Gでアメリカに起こったことを5Gで繰り返そうとしている」。アメリカは5G規格とチップ設計では優位に立っているものの、アメリカの5Gインフラの展開は中国より何年も遅れており、5G時代のプラットフォームの開発では中国が先行者利益を得ることになる。
 トランプ政権が「ファーウェイを殺す」という努力をしているにもかかわらず、このハイテク大手は昨年、中国で3万台以上の5G基地局を展開している。

・量子情報科学
 量子情報科学では、アメリカは長い間トップと見なされてきたが、中国が国を挙げてこの発展を後押ししている。中国は量子通信ですでにアメリカを抜き、量子コンピューティングでも急速にアメリカとの差を縮めている。

・半導体
 半導体産業では、アメリカは約半世紀にわたって優位に立ち続けている。しかし、中国は数十年にわたり半導体大国を目指した結果、2つの分野で追いつかれる可能性が出てきた。それは、半導体製造とチップ設計の2分野だ。中国が半導体業界のリーダーになる可能性は、もはや無視できない。現在の状態が続くと、習近平国家主席が2030年までに中国を半導体業界のトッププレーヤーにするという目標を達成するだろう。

・バイオテクノロジー
 アメリカは生命科学分野で最も価値のある企業10社のうち7社を擁しているが、中国はバイオテクノロジーの研究開発の全領域で激しい競争を繰り広げている。中国の研究者は、遺伝子編集技術でアメリカのリードを縮め、CAR T細胞療法で米国を追い越した。

・グリーンエネルギー
 過去20年間、アメリカは新しいグリーンエネルギー技術の主要な発明者であったが、現在では中国がその技術の製造、使用、輸出において世界一であり、将来のグリーンエネルギーのサプライチェーンの独占を確固たるものにしている。その結果、アメリカのグリーンエネルギーへの転換は、中国への依存を深めることになる。

 以上である。

 これが、最先端テクノロジーの主要6分野の状況だ。この状態を「国家安全保障会議」のテクノロジーと国家安全保障担当上級ディレクターであるタルン・チャブラーは、「アメリカはもはや世界の科学技術のヘゲモニーではない」と表現している。これはまさに、先の国防総省のサイバーセキュリティの最高責任者だった二コラ・シャイアンの指摘する通りである。

●教育がカギ
 さらにこのレポートでは、中国が優位性を実現できた理由を分析している。それは一言で言うと、教育の違いである。
 理工系の分野は総称して「STEM」と呼ばれている。それは、科学(Science)・技術(Technology)・工学(Engineering)・数学(Mathematics)の教育分野を総称した言葉だ。レポートには次のようにある。
「理工系の大学学部を卒業した人の数では、2000年にアメリカが50万人以上で世界のトップだったのに対し、中国は36万人弱だった。現在、中国はアメリカの4倍(130万人対30万人)のSTEM学生を、3倍(18万5千人対6万5千人)のコンピュータ科学者を卒業させている。
 幼稚園児から高校生までを対象とした国際的な科学技術ランキングでは、中国は数学と科学の分野で常にアメリカを上回っている。2018年、数学、科学、読解力を評価するPISAのスコアは、中国が1位であるのに対し、アメリカは25位だった。」

●日本との比較
 最後にこのレポートには、中国と日本の比較がある。欧米の一部の意見に反して、中国は日本のように停滞することはないだろうというのだ。

「日本の技術的野心は「ガラパゴス症候群」に阻まれていた。革新的な技術は孤立して開発され、国内市場向けに高度に専門化されてはいたものの、海外での競争には苦戦していた。

 一方、中国のテクノロジーの発展は、5Gの世界展開に見られるように、世界のグローバルな発展に深く溶け込んでいる。「ガラパゴス化」していないのだ。中国は他者のイノベーションを「スケールアップ」する能力を持っているため、製造、研究開発、標準設定といったテクノロジーのバリューチェーンの中で上昇することができた。」

●世界標準の中国と向き合う
 さてこれが、最近発表された米中の最先端テクノロジーの比較レポートだ。
 結論を一言で要約すると、最先端科学とテクノロジーではアメリカの優位はすでに失われたか、または辛うじて維持している分野でも急速に中国に追いつかれつつあるということだ。遅くとも2030年ころには、科学とテクノロジーのあらゆる分野で中国が世界標準になる可能性が極めて高い。

 あいかわらずいまの日本では、「恒大集団」の部分的なデフォルトが引き金になり中国経済はクラッシュするとか、中国共産党は国内の反乱と権力闘争の末に崩壊するといったような、中国の自壊を予測する観測がまだ多く出回っている。気持ちは分かるが、これこそ「ガラパゴス化」した幻想なのではないだろうか? いま、中国の科学とテクノロジーが世界標準になる世界が現れようとしている。我々はこれにどのように向き合えばよいのだろうか?
 また中国は、独自の「人民民主主義」の政治体制を、欧米の「民主主義」に代るモデルとして最近提起している。このインパクトも大きいはずだ。これはまた改めて紹介する。

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Profile:高島 康司(たかしま やすし)
高島 康司(たかしま やすし)

社会分析アナリスト、著述家、コンサルタント。
異言語コミュニケーションのセミナーを主宰。ビジネス書、ならびに語学書を多数発表。実践的英語力が身につく書籍として好評を得ている。現在ブログ「ヤスの備忘録 歴史と予知、哲学のあいだ」を運営。さまざまなシンクタンクの予測情報のみならず、予言などのイレギュラーな方法などにも注目し、社会変動のタイムスケジュールを解析。その分析力は他に類を見ない。
著書は、『「支配−被支配の従来型経済システム」の完全放棄で 日本はこう変わる』(2011年1月 ヒカルランド刊)、『コルマンインデックス後 私たちの運命を決める 近未来サイクル』(2012年2月 徳間書店刊)、『日本、残された方向と選択』(2013年3月 ヴォイス刊)他多数。
★ヤスの備忘録: http://ytaka2011.blog105.fc2.com/
★ヤスの英語: http://www.yasunoeigo.com/

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