“超プロ”K氏の金融講座

このページは、舩井幸雄が当サイトの『舩井幸雄のいま知らせたいこと』ページや自著で、立て続けに紹介していた経済アナリスト・K氏こと
朝倉 慶氏によるコラムページです。朝倉氏の著書はベストセラーにもなっています。

2015.02
ギリシアの悲哀

 「国際債権団の要求に服従する時代は終わった。命令にはもう従わない。ギリシアは新たなページをめくり緊縮策と決別する。我々の優先課題は、ギリシアと国民が失われた尊厳を取り戻すことだ。」

 1月末、選挙で圧勝したギリシアの急進左派政権のチプラス党首は雄叫びを上げました。
 勢いのいい言動にギリシア国民は驚喜、やっとギリシアも長いトンネルから脱出できるのでは、と期待を胸にしたことと思います。ユーロ圏を大きく揺さぶることになると懸念されていたギリシアの選挙は予想以上の急進左派政権の勝利となって、ユーロ圏は大混乱に陥るのではないか、との懸念が広がっていました。

 発足した急進左派政権ですが、当初国民に矢継早に新しい政策を発表していきました。
 新しい内閣を作ったチプラス首相はまずは緊縮政策の終了を目指し、欧州各国の訪問を開始、ギリシア支援の枠組みを作ってきたEU(欧州委員会)、IMF(国際通貨基金)、欧州中央銀行(ECB)の3者の交渉団「トロイカ」の解体に言及。
 「今後は欧州のために必要な新しい展開が始まるだろう。トロイカとは交渉する気はない。トロイカは解体すべきだ」と述べたのです。さらに勢い余ってか、ウクライナ問題を巡ってロシアを非難する共同声明について、「我が国の同意を得ていない」と非難したのです。全会一致が原則の共同声明発表についてギリシアは、自らの存在感を示し、ロシアとの蜜月ぶりをアピールしました。

 選挙で公約したことを次々に声高に強調――「トロイカの緊縮策で解雇された公務員9000人の再雇用、最低賃金の引き上げ、不動産税の廃止、国営、公営企業の民営化の廃止」。
 チプラス政権は国民に耳障りのいい言葉を連発していきました。選挙大勝後もチプラス政権の支持率はさらに上がっていったのです。新しく財務相に抜擢されたバロファキス財務相は、その政策よりも、まるで麻薬密売業者のような奇抜なファッションで世間の注目を集めました。そしてギリシアのたまりにたまった今までの債務を帳消しにするための様々な奇策を用意してきたのです。

●ギリシアとEU側との交渉の行方は?
 ギリシア国債を償還期限のない永久国債に交換する案などギリシア復活のための独自の債務削減案をEU側に提示していきました。いったいギリシアの新政権とEUやECB、ドイツなどとの交渉はどうなっていくのか? EU側は大きな譲歩を迫られてギリシアの無謀な要求に屈することとなるのか? 交渉の行方への懸念、水と油のような全くかみ合わないギリシアとEU側のせめぎあいは、最終的にギリシアのユーロ圏離脱への道を開く可能性もある、と市場はますます懸念を深めていったのです。
 一方でギリシアもEU側も、決定的な対立は回避するはずであり、最終的には妥協するに違いないという観測も広く報道されていました。

 時間の経過と共にEU側、ECB側はギリシアに大きな圧力をかけてきました。
 連日報道されるギリシアとEU側との交渉決裂の観測は、ギリシアのユーロ圏離脱を想定させるに十分な様相を呈していったのです。
 ギリシア国民とすれば、仮にギリシアがユーロ圏離脱となれば、ユーロを通貨として使えなくなるわけで、元のギリシア固有の通貨、ドラクマに逆戻りするということです。ドラクマに戻れば通貨価値がユーロに対して暴落状態になることは必至です。当然そうなる前に自分の持つユーロを銀行から降ろしてきて手元に置いておく、というのは当たり前の決断でした。庭に穴を掘ってユーロの現金を埋めたり、風呂場を改造してタイルの下に現金の置き場所を秘密裏に作ったり、ギリシア国民はあの手、この手で現金の保有場所を構築していったのです。
 このような事態が仮に日本で起きたら大変なことでしょう。数千万から数億円の現金の隠し場所となると誰でも頭を抱えてしまうことでしょう。そのような事態がギリシアでは現実に発生したわけです。

 こうしてギリシアの銀行からはたゆまない預金引き出しが始まったのです。ギリシアの銀行はその資産のほとんどがギリシア国債です。適格担保とならないギリシア国債しか保有していないギリシアの銀行が、預金者に十分に支払うユーロ紙幣があるわけがありません。結局ギリシアの銀行は、ギリシア中央銀行を通じてECBに頼み込んで、ユーロ紙幣を融通してもらって預金者の預金引き出しに対応してきたのです。
 ECBはこの緊急融資の蛇口をしっかり厳しく管理することによって、ギリシアの金融システムを絞り上げました。金を握っている者は強い、ギリシア国家も資金供給の権限を有するECBの巨大な権力には太刀打ちできないことを知ったのでしょう。

●ギリシアの新政権の末路
 当初は威勢の良かったギリシアのチプラス新政権ですが時間の経過と共に自らの力量を悟らざるを得なかったようです。次々と国民に公約してきた政策は実行不可能となっていったのです。
 決してトロイカと交渉しない、トロイカは解散すべきだ、と豪語していたのに気づいてみればトロイカに再度の融資延長を申し込むこととなったのです。ドイツのショイブレ財務相は「ギリシアはトロイカに融資を申請するのかどうするのか、申請しないのであればギリシアはそれで終わりだ」と最後通告を出していました。

 もちろんトロイカに融資を申請するのであれば緊縮政策をはじめとするトロイカの今まで要求してきた政策の実施を約束しなければなりません。それは新しいチプラス政権にとっては、ほとんど全ての公約が実行できないことを内外に示すこととなるのです。それだけでなく前政権が行ってきた緊縮策をそのまま引き継いでいくということです。
 とても飲めない話と思いますが、飲めなければユーロ圏離脱に追い込まれるしかありません。ユーロから脱退するのか、残って今まで通りトロイカの要求を呑み続けるのか、二つに一つしか答えはなかったわけですが、結局、チプラス政権はユーロ残留の道を選びました。こうしてチプラス政権は屈辱的な決断に追い込まれ、トロイカの軍門に屈したのでした。
 様々なバラ色の公約を掲げて大勝利して発足したギリシアのチプラス政権でしたが、所詮、政権を担うにはやることなすこと初めての素人集団だったということでしょう。意気のいいパフォーマンスは最初だけでした。現実は厳しく、大きなユーロ圏諸国の壁は厚く、結局全面降伏に至ってしまったようです。

 一連の流れの中にギリシアの悲哀、通貨発行権を失った小国の末路をみる思いがします。
 ギリシアは、ユーロ圏には残りたい、しかし借金は返したくない、と目論んでいたわけですが、そのような虫のいい要求が通るわけもなかったのです。未だにギリシアの現政権の支持率は高く、人々の期待をつないでいますが、今後、現政権の実質的な実力が露わになってくる過程で、人々の失望感は大きく増大していくことでしょう。

 チプラス政権は、EU側には緊縮財政の継続を約束しながら、国民向けにはEU諸国から勝利を勝ち取ったと宣伝しています。いずれ化けの皮が剥がれていくことは必至です。
 交渉事は覚悟を持っている方が強気に出られて交渉を有利に運ぶことができるわけですが、最初からユーロ離脱という選択肢を持たないで交渉に臨んだチプラス政権が屈服することになるのは自明の理だったのかもしれません。

 実際、今回のギリシアとEUとの交渉で明らかになったことは、EU側は、仮にギリシアがユーロ圏を飛び出しても大丈夫なように完全にセフティーネットを張っていて、最悪のギリシアのユーロ圏離脱という事態が起きても十分な体制が整っていたことが勝因と思います。

●2011年の欧州危機を振り返って
 2011年の欧州危機の時は、ギリシア問題に端を発してスペイン、アイルランド、イタリア、ポルトガルと、次々に危機が連鎖してこれらの国の国債が大幅に下落(金利上昇)、仮にギリシアのユーロ離脱が現実のものとなれば、連鎖してユーロ圏全体が壊滅してしまうようなもろい体制下にあったのです。
 当時はギリシアに対してユーロ圏各国の銀行が膨大な貸し付けを行っていて、さらに多くのユーロ圏域内の銀行がギリシアの国債を大量に保有していました。ギリシアが倒れてはユーロ圏全体の金融システムにひびが入り、さらにそれが他の国に伝播していくのは必至の情勢だったのです。
 ところがその後、ユーロ圏は混乱が起こっても大丈夫なように体制を整備してきました。
 ギリシアに対してのユーロ圏域内の民間の貸し付けは怒涛のように減って、今ではギリシアに貸し付けているのはECBやIMFなどそのほとんどの債務が公的な機関に限定されてきたのです。
 これによって、ギリシアのユーロ離脱が現実化しても域内の民間企業や金融機関が影響を受けるのは極めて軽微である形となりました。EU側は、ギリシアにユーロ圏を出て行きたければどうぞ、という体制を整えていたのです。ですからEU側は交渉において極めて強気で対応ができ、結果的にギリシア側にEU側の要求をほぼ全て飲ませることに成功したのです。

 こうして経緯を振り返ってみると、ギリシア国民もチプラス新政権も、夢を見たのは選挙後数日だけだったと言えるでしょう。ギリシアは今後、厳しい現実に再び直面するしかありません。
 GDPの170%に達する借金が返せるとは思えません。緊縮財政は今後も強要されるでしょう。緊縮政策の実行については、3ヵ月ごとにEU側に細かくチェックされ続けるのです。すでにIMFのラガルド専務理事は、ギリシアの改革は具体性がなく十分でないと、ギリシアがやっとの思いでまとめた改革案さえもけん制しています。

 国家とは何でしょうか? 通貨発行権を持たなければ、独立国家などという名称は絵にかいた餅のようなものです。ギリシアは背伸びして、国家財政の粉飾まで行ってユーロ圏入りを成し遂げました。しかしギリシア国民は日本人やドイツ人のように、勤勉で一生懸命働き続けるような国民性を持っていません、南欧ののんびりとした風土で気楽に生きるのがギリシアの人々にはマッチしているように思えます。
 誰でもどこの国でも、同じような働き方や価値観を有する必要もないと思います。ギリシアはギリシアのいいところと国民性があり、それは日本やドイツの考え方とは違うものでしょう。ユーロ圏という統一通貨圏に入ることによって、ギリシアの人々にドイツの人々のような価値観や働き方を強制する環境を作り上げているように思えます。
 ギリシアの人々にとってユーロ導入は良かったのでしょうか。それとも悪かったのでしょうか?
 はっきりしていることは今、ギリシアがユーロ圏から離脱すれば、激しいインフレ到来で怒涛の苦しみを味わうことになるのはギリシアの人々であるということです。また今後、ギリシアが今まで通りユーロ圏に残ったにしても、長く苦しい道のりが待っているということでしょう。ギリシアはユーロ圏に居続ける限り、GDPの170%にも上る借金を返し続けなければなりません、ユーロ圏は19ヵ国から成り立ち、ギリシアだけ債務帳消しなどという特典を与えるわけにはいかないのです。となれば、この膨大な借金を返し続けるしかなく、それは終わりのない緊縮財政の継続であり、ギリシア国民にとってほぼ永遠に続く苦しさでしょう。
 EU側にすればギリシアはお荷物だが、生かさぬように殺さぬようにそっとしておくという方針です。チプラス新政権に期待してギリシアの劇的な変化を夢見た人達が失望するのは時間の問題です。ギリシアの人々が夢から覚めるまで多くの時間はかからないことでしょう。

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Profile:朝倉 慶(あさくら けい)

K朝倉慶経済アナリスト。 株式会社アセットマネジメントあさくら 代表取締役。 舩井幸雄が「経済予測の“超プロ”」と紹介し、その鋭い見解に注目が集まっている。早い時期から、今後の世界経済に危機感を抱き、その見解を舩井幸雄にレポートで送り続けてきた。 実際、2007年のサブプライムローン問題を皮切りに、その経済予測は当たり続けている。 著書『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)がアマゾンランキング第4位を記録し、2009年5月には新刊『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)および『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)を発売。2009年11月に舩井幸雄との初の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を発売。2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』(徳間書店)を、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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