加治将一の精神スペース
このページは、作家でセラピストの加治将一さんによるコラムページです。加治さんは、『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)などの歴史4部作が大反響を呼ぶ一方で、『アルトリ岬』(PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(ビジネス社)などのカウンセリング関連の著書も好評です。そんな加治さんが、日々の生活で感じること、皆さまにお伝えしたいことなどを書き綴っていきます。
死ぬまでに一冊くらいは本を書きたい。うららかな日々を子孫に伝えられたらどんなにいいだろう。その結果、ひょっとしてベストセラーにでもなれば棚からボタ餅、印税生活も夢ではない。
あなたはそう思っているか、あるいはかつて少なからず、そう思ったことがあったのではないでしょうか。
で、よっしゃ、いっちょう挑んでみるかと、意気込んで机の前に座る。
しかし、いざとなると難しい。こればかりは金でどうにかなるものでもなく、うんうんと唸って30分でくらい立ち往生、一行も書けずにとん挫する。
そこで本は難しい。あれは若い時分に文学を学び、その中でも選ばれし特別な人間が、同人誌に粘り強く投稿してやっとデビューできるものだと、たいがいの人があきらめる。
「本を書くには、文学的才能がいるのだ」
これは多くの人が思い込んでいることではないでしょうか?
たしかにそうでしょう。しかしそれは、川端康成とか三島由紀夫といった美しき言葉を縦糸横糸と紡いで創る、文学書という特殊分野でのことです。
安心してください。
文学書など微々たる数量、総年間出版数8万冊の5パーセントにも満たない。
残る95パーセントは文学以外の本で、あなたが手掛けたい本も、ドフトエスキーのイメージでなければへっちゃらです。
僕も文学とは無縁でした。作家は首相になるより難しいといった感覚で、自分がなろうとは夢にも思わぬことでした。
若い時はアウト・ドア派を気取っておりましたから、部屋にこもっての読書は100パーセント苦手です。
30を越えたあたりでしょうか、突然読書に目覚めたのは。そして文章らしきものを綴りはじめたのはさらに十年、40歳を一つ、二つ過ぎてからです。
類人猿が鉛筆を握って最初に書きなぐった雑文が偶然、アクシデント的に本になったような気持なので、作家を目指したとか、そんなことではぜんぜんなかった。空想と現実がさっと重なり合ったといいますか、まるで奇跡です。
一冊出してにわか作家となった後も、それまでの仕事を続けながら傍らでなんとなく文を書いておりました。別に出版社から注文があったわけではありません。
ペースは二年に一冊くらいです。
で、執筆一本でなんとか食えるようになったのは、50歳を過ぎてからで、次第にペースは速まり、この10年で二十冊以上仕上げました。
ジャンルは現代小説、ミステリィ小説、歴史ミステリィ小説、自伝的小説、カウンセリング小説、時代劇、フィクション、エッセイ、住宅ノウハウ本、借金ノウハウ本、対談本・・・まさに十色です。
なにを言いたいかと申せば、作家とは無縁の一番遠いところにいた僕でも、プロの末席に座れるくらいにはなれる、ということを知っていただきたかったのです。
しかし、たぶん別の才能が必要です。
それはなにか?
見つめる才能です。これを才能といっていいかどうか分かりませんが、万人が持っている能力なのでありまして、しかし不思議なことにほとんどの人が活用していない。
たとえば自分自身のことです。ぜんぜん知らない。
そんな馬鹿な、己のことくらいは誰よりも知っているぞ、と鼻息荒いあなた、本当にそうでしょうか?
では聞きます。
自分の背中のほくろは何個です? あなたは食事を何回噛みます? 他人は、あなたのどこを気に入ると思いますか? 100メートルを何秒で走れます?
ランダムに100個くらい訊くと、ほとんどが珍回答か、もしくは言葉に詰まる。
意外と知りません。
「なるほど・・・たしかに自分の分野は苦手かもしれないが、他は得意だ」
というあなた。では、身近なことを訊きます。十円玉の図案を記憶していますか? 牛はどっちを向いて草を食べますか? 地球は、ジェット旅客機の100倍の猛スピードで移動しているのだけれど、感じられますか?
すべて不知、人間の五感などまったくあてにならないのです。
普段から、漠然と暮らしているからに他なりません。
執筆の第一歩は、見つめない暮らしから、見つめる暮らしへの転換、すなわち好奇心を持つことです。
これがないと、どうにもならない。
好奇心、すなわち物に対する愛情です。万物への愛、これがあれば十円玉だろうが、牛だろうが、地球だろうが、興味が湧くどころか、自分が成り切って万物の心を読もうとします。
教養とは、相手の身になって考えられることだと思っていますが、作家たる者、まさにその人、その物になりきる教養人でなければなりません。
分かりますか?
愛情に裏打ちされた好奇心は情熱を産み、情熱が飢(かつ)えに変わる。
これが書くエネルギーです。
愛=エネルギー
もう一度言います。見つめないから、見つめる暮らしへの転換。これが文を書く鍵です。船井先生をごらんなさい。全身、これときめきの好奇心です。
好奇心は愛で、愛はエネルギーです。
さまざまなものに眼を向けて二、三日もすれば対象物に触発されます。すると書きたいぞ、書きたいぞ、という情熱がふつふつと湧いてくる。
で、机に向かいます。
「よし、書くぞ!」
みなさんはまず、腕まくりをしてテーマ探しに挑むのでしょうね。
ほれほれ、もう自分で難しくしていますな。
テーマ探しをやると、躓(つまず)いて沈没します。
テーマを探さない? しかしテーマがなければ本を書けないではないか、という疑問をお持ちでしょうが、先ほども触れたように、好奇心がくすぐられ、やむにやまれぬ情熱で机にむかっているあなたは、テーマ探しに悩むはずなどないのです。すでに書きたいテーマが出現しているからです。
テーマを何にしようか・・・と悩むということは、つまりなんと言いますか、書く期がまだ熟しておらず、時期尚早だということです。
そう言っても、やっぱり書きたいというわがままな人がいます。そういう場合には、とっておきの方法を教えます。
心に秘めたる不満小言を拾い集めるのが、一番手っ取り早い。
対象はなんでもけっこう。
たとえば電車。いろいろ言いたいことがあるはずです。
車内の放送がうるさい! 毎度毎度、幼稚園の子供じゃあるまいし、ドアが開きまぁーす、閉まりまぁーす、発車しまぁーす、譲り合って中に進みなさぁーい、この電車は山手線内回り、何分遅れで次の駅に到着予定、携帯はマナー・モードでお願いしまぁーす、席を譲ってくださぁーい、電車が止まりまぁーす・・・節介も程度問題で、どんどんと出てきます。
一般的には、なにかを誉めるより文句の方が、筆の運びがスムーズなので、エクササイズにはぴったりです。
どんどん並べたらもう一歩踏み込んで、解決策を考えるわけですが、英雄気取りはいけません。舌鋒鋭く喝破するというのはかなりのテクニックを要するので、初心者作家は、自分が電車の責任者になってみることです。
深く掘り下げてください。
なぜ放送を中止できないのか?
おそらく社内に、静かにしたくない抵抗勢力が存在するわけです。節介案内が良い、と心から思っての積極的勢力か、あるいは前人踏襲思考停止型の責任逃れ勢力かのどちらかです。
もっと話を進め、それらのタイプをどう説得すれば成功するのかを考えます。
このとき大切なのは思考を文字に表すということです。綴れば頭の中がすっきりと整って、だんぜん見通せます。乗客と会社の意見で揉み合えば、厚みが増します。そうやって気が付けば、ほら20ページくらいのエッセイの完成です。
題名は「幸せの電車」でも結構で、こうして20個作成すれば、立派な一冊の本になります。
ちょうど三年前、僕は本の書き方教室で、以上のようなことを語り、実際に書いてもらったことがあります。
教室は主婦と定年退職者が大半を占めていたのですが、その結果・・・うーん・・・エッセイというより、多くはたんなる悪口と恨み節が多かった。
僕の教え方がいけなかったのですが、不満小言を書けというのは、個人攻撃せよというのではありません。
文句はあくまでも行為についてだけです。ポイントは人と行為を区別することですね。行為には工夫を凝らすよういくらでも直言してください。しかし、人は愛さなければエッセイは危くなります。
一人一人の個人は、愛すべき人間だということをくれぐれ忘れてはなりません。
やはり鍵は愛です。
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作家・セラピスト。1948年札幌市生まれ。1978年より15年間、ロサンゼルスで不動産関係の業務に従事し、帰国後、執筆活動に入る。ベストセラー『企業再生屋が書いた 借りたカネは返すな!』(アスキー)、評伝『アントニオ猪木の謎』、サスペンス小説『借金狩り』、フリーメーソンの実像に迫った『石の扉』(以上三作は新潮社)など多数の著作を発表。『龍馬の黒幕』『幕末 維新の暗号』、『舞い降りた天皇』『失われたミカドの秘紋』(すべて祥伝社)の歴史4部作は大反響を巻き起こし、シリーズ 50万部の売上げ更新中である。その他、カウンセリング小説『アルトリ岬』(2008年 PHP)や『大僧正とセラピストが人間の大難問に挑む』(2010年 ビジネス社)などがある。
★加治将一 公式音声ブログ: http://kajimasa.blog31.fc2.com/
★加治将一 公式ツイッター: http://twitter.com/kaji1948