“超プロ”K氏の金融講座

このページは、舩井幸雄が当サイトの『舩井幸雄のいま知らせたいこと』ページや自著で、立て続けに紹介していた経済アナリスト・K氏こと
朝倉 慶氏によるコラムページです。朝倉氏の著書はベストセラーにもなっています。

2020.07
コロナワクチン開発急ピッチ

「ワクチンについては年末までにはうまくいくと思う。治療薬はもっと早い時期になるだろう」
 7月27日、マスク姿のトランプ大統領は富士フィルムの米国子会社を訪れ、この会社にワクチン生産支援として約2億6500万ドル(約280億円)を拠出することを表明、ワクチン開発への期待感を示したのです。
 国を挙げて世界各国でコロナウイルスへのワクチン開発ラッシュとなっています。米国ではトランプ政権が<オペレーション・ワーク・スピード>と銘打って、ワクチンの大々的な開発支援策を行っています。今回日本企業でもある富士フィルムがそのプログラムの対象になりました。富士フィルムはコロナウイルスの有力な治療薬になると目されている<アビガン>の製造も手がけています。
 この<オペレーション・ワーク・スピード>では従来数年かかるワクチンの開発を数カ月に短縮することを目指し、米国政府は最大100億ドル(約1兆6000億円)の巨費を投じて研究、製造、ワクチンの購入保証契約に当てようというわけです。この対象会社は米国のバイオベンチャーであるモデルナ、米国の大手製薬会社のメルク、ファイザー、ジョンソン・アンド・ジョンソン、そして英国のアストロゼネカなどが対象となっています。
 すでにモデルナはこのスキームから9億5500万ドル(約1000億円)という巨額な拠出を受けているのです。

●感染が拡大する一方で進むワクチン開発
 一方で米国での感染者の拡大は一向に衰えません。現在世界のコロナの感染者の拡大は過去最悪のペースとなっていて、感染者は全世界で1600万人を超えてしまったのです。過去4日間で感染者はなんと100万人増加、1日あたりの感染者は7月24日、25日の報告ですと28万人に上ったということです。米国では感染者が400万人を超え、死者も14万人を超えました。死者数はついに第一次世界大戦時の戦死者を上回ったのです。ついでブラジルでは感染者が240万人、インドが140万人と人口の多い新興国でも感染拡大に勢いがついてきています。日本でも日々のニュースで新規感染者の増加が人々の最大の関心事となっていますが、日本では感染者は総計3万人程度であり、世界的にみれば圧倒的に少ない状況です。
 感染拡大が続く米国では厚生次官の驚くべき発言がありました。ジロワー米厚生次官補は「実際のコロナの感染者数は報告されているよりずっと多い」との認識を示したのです。これは米国の厚生行政を司る事務方トップの発言ですから深刻です。そしてジロワー氏は、現在行われているような検査や接触者追跡で米国は感染拡大を防げるかとの質問に対して「ウイルスはあまりに広範囲に拡散しており、そうした対策だけでは追いつかない」と既に従来の感染防止のための手法では手遅れであることを指摘して現実を見据えて「1日あたり6万7000件もの新規感染例について追跡を行い、感染経路を特定するのは不可能だ。つまり実際には1日約20万件の新規感染者が発生しているということだろう」と述べたのです。いわば現状の感染防止策はお手上げ状態で、結局「マスクをつけて、人混みを避けることが重要」という基本に帰れというわけです。

 かような中、いよいよワクチンの実用化が現実になりそうな気配です。米バイオベンチャーのモデルナはワクチン実用化に向けて着々と臨床治験を積み重ねています。モデルナは7月27日から、ワクチンについて、臨床治験の最終段階、第3フレーズに入ったことを明らかにしました。この最終段階ではモデルナは米国人3万人に対してワクチン接種を行います。これに先立って行われた臨床治験の第一、第二段階のフレーズでは、治験参加者45人全員がコロナウイルスの抗体を獲得し、重篤な副作用もなかったということです。最終の第三段階の治験ですが、早ければ10月にも結果が出て、その後、待望の実用化に至るということです。モデルナによると年5億回分のワクチン供給を目指し、2021年以降年最大10億回分に引き上げるということです。
 また米製薬大手ファイザーはドイツの製薬ベンチャー、ビオンテックと共同開発したワクチンで、これも7月27日から臨床治験の最終段階である第3フレーズを始めるとのことです。ファイザーでは米国だけでなくドイツ、アルゼンチン、ブラジルなど世界120カ所で最終治験を開始する予定です。これも順調なら10月にも緊急使用許可取得の手続きに入るということです。ファイザーは年末まで1億本、来年2021年末までには13億本の供給を目指すとのことです。
 また英国のアストロゼネカはオックスファード大学と共同でワクチン開発、ここまでの治験で強い免疫反応を引き出すことに成功したとのことです。これも世界各国で臨床治験の最終段階である第3フレーズに入ってきたと報道されています。このアストロゼレカのワクチンは日本への供給も約束、1億回分のワクチンを日本に供給するということです。

 このようにワクチン開発は予想以上の速度で進みつつあり、年内の実用化のメドは見えてきたようです。実はこれだけワクチン開発が急ピッチで進められた背景として、米国はじめとする感染者の拡大という現実があります。
 米国では治験はテキサス州などコロナ感染が急拡大しているところで行われるのです。以前はニューヨーク州が感染の中心地でしたが、現在は当時と比べると感染の勢いは数段落ちてきています。そのため、ニューヨーク州では治験をする対象者が少なくなって臨床治験がやりづらくなってきたのです。一方のテキサス州とかマイアミ州とかカリフォルニア州では感染拡大が激しくなっているので、治験対象者を得るのに事欠かないというわけです。
 皮肉とも言えますが、全米各地で感染拡大が収まらない現実が、コロナウイルスのワクチンの治験対象者を容易に集めることができて、その膨大な対象者の治験からワクチンの効果や安全性に対していち早く結果を得ることができるというわけなのです。  ちなみに2016年に流行したジカ熱のケースでは、早期に感染が収束したためにワクチン開発が間に合いませんでした。現在は世界を見渡すとあらゆる国でコロナの感染拡大が続いていますので、世界各地で臨床ができる状況となっているのです。
 この現状を捉えて、米国立アレルギー感染研究所のファウチ所長は「人々がコロナに感染して苦しむ、あるいは死に至るのをみるのを誰も望んではいないが、多くの感染者がいることでワクチンの治験の効果は早い段階で答えがでるだろう」として「年内のワクチン実用化は可能」ということです。

●中国のワクチン開発は?
 中国でもコロナのワクチン開発が急ピッチで進められています。中国でもワクチンは国家的な戦略物資であり、これに先に成功しなければ国力に影響してくるとの切実な焦燥感を抱いているようです。中国の新興製薬企業カンシノ・バイオロジクスは、第一段階の臨床治験で人への効果を確認できたとしています。
 中国ではワクチン開発に対して軍からの強力な支援があるようで、カンシノは6月末「中国人民解放軍にコロナワクチンを供給する許可を獲得した」と発表したのです。臨床第一治験の段階でかような許可を得るというのは異様な判断としか言いようがありません。許可を出したのは軍を掌握する中央軍事員会で、カンシノが軍や共産党政権の期待を担っている様子が見えます。一方で皮肉なことですが、中国ではコロナの感染が収まっているので、臨床治験が中国国内で行うことができず、ブラジルや中東など世界各国で行なう予定ということです。

●ワクチンは有効なのか?
 一方でワクチンが万能か、というと課題もあります。ワクチンの世界では有効性が50%の場合、10人中5人がワクチン接種後も発症することとなります。そして仮に有効性が低かった場合は、ワクチンの接種が人体に副作用を起こす可能性があるのです。これは体内に十分な抗体ができない状態でウイルスの増殖がスピードを増してしまうケースでADE(抗体依存症感染増強)と言われています。ADEではワクチンを接種した人の方が、接種しない人より、コロナに感染した場合、重症化することになってしまうということです。2003年に流行ったSARS(サーズ)のケースではワクチン開発においてかような事態が生じたことが報告されています。ファウチ所長は「コロナの制圧にはワクチンの有効性が70%から75%必要になる」と述べています。開発ばかりが先行して安全性や有効性が十分でないうちに実用化に至って副作用が拡大してしまうことを恐れているわけです。
 いずれにしても現在のワクチンの開発状況から勘案すると、年内にワクチンが実用化となって、その効果もはっきり見えてくるでしょう。ワクチンが出来てもそれが大量に生産される体制が整わなければ、世界中の人たちにワクチンを供給することもできません。ですから各国とも、まずは自国民に接種させるわけですから開発競争も激烈なのです。どの国も自国でいち早くワクチンを開発しようと必死になっているわけです。
 日本ではアンジェスと塩野義がワクチン開発で先行しています。アンジェスも塩野義も来年中には実用化できる見通しと発表しています。東京オリンピックを来年に控え、世界中でコロナのワクチンの開発は大詰めを迎えています。

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Profile:朝倉 慶(あさくら けい)

K朝倉慶経済アナリスト。 株式会社アセットマネジメントあさくら 代表取締役。 舩井幸雄が「経済予測の“超プロ”」と紹介し、その鋭い見解に注目が集まっている。早い時期から、今後の世界経済に危機感を抱き、その見解を舩井幸雄にレポートで送り続けてきた。 実際、2007年のサブプライムローン問題を皮切りに、その経済予測は当たり続けている。 著書『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)がアマゾンランキング第4位を記録し、2009年5月には新刊『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)および『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)を発売。2009年11月に舩井幸雄との初の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を発売。2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』(徳間書店)を、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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