“超プロ”K氏の金融講座

このページは、舩井幸雄が当サイトの『舩井幸雄のいま知らせたいこと』ページや自著で、立て続けに紹介していた経済アナリスト・K氏こと
朝倉 慶氏によるコラムページです。朝倉氏の著書はベストセラーにもなっています。

2022.03
脱ロシアという難題(サハリン権益の行方)

「撤退することがロシアに対する経済制裁になるのだったら一つの方法だが、われわれが今心配しているのは、その権益を手放した時、第三者がただちにそれを取ってロシアが痛みを感じないことになったら意味がないということだ。ここは賢く戦略的にやっていきたい」

 3月7日萩生田経産大臣は参議院予算委員会で日本が持つサハリンの権益について答弁しました。世界は今、プーチン大統領率いるロシアの蛮行に驚き民主主義国が一致してロシア制裁を実施しているところです。一方で欧州はロシアに天然ガスや原油などエネルギーを依存していて、ロシアとの関係が簡単に切れない状態です。欧州ほどではありませんが、日本もサハリンに大きな権益を持ち、ロシアとの取引を続けています。ロシアからエネルギーを購入すればその資金は結局回り回ってロシアの戦争遂行のための資金に充当されるわけです。そういう意味ではロシア制裁を強化してロシアに打撃を与えたいものの、欧州も日本も自らの事情があり、簡単に全てのロシアとの交流を断絶するとはいかない事情もあるわけです。サハリンを一つの例としてロシア制裁の難しさや現実を追ってみます。

●サハリン権益の行方
 サハリンの開発は資源がない日本にとって悲願でもありました。1973年石油ショックが襲ってきました。石油の価格が一気に4倍に高騰するという異常事態に見舞われました。当時、日本経済は存亡の危機に立たされたのです。国内は酷いインフレとなり、トイレットペーパーはスーパーの棚から消え去ったのです。
 日本は当時から原油供給を中東に依存してきました。日本は原油調達の9割超まで中東原油に頼り切っていたわけです。それがいきなりの石油ショックで経済が壊滅状態となったわけです。元を正せば、あまりに重要なエネルギー確保という国家の帰趨を決める政策を中東地域のみに頼っていたという、リスク回避の姿勢が整っていなかったことこそが問題だったと気づきました。
 そこで日本は、エネルギー源の調達先の多様化という観点から、地理的にも近いサハリンに注目したわけです。1990年代に開発が本格化、日本政府と丸紅、伊藤忠などが出資するサハリン1、三菱商事や三井物産などが出資するサハリン2が稼働し始めたわけです。サハリン1は2006年から原油輸出を開始、サハリン2は2009年から液化天然ガス(LNG)の出荷を始めました。サハリン1からの原油輸入量は日本の全輸入量のわずか1%に過ぎませんが、サハリン2のLNGの輸入量は日本の全輸入量の8%に達しています。
 そういう意味ではサハリンは日本のエネルギー源として重要な位置付けとなっていったわけです。

 具体的にサハリン2の出資者の内訳をみると、ロシア最大のエネルギー企業であるガスプロムが50%、世界的な資源メジャーである英国のロイヤル・ダッチ・シェルが27.5%、日本の商社の雄、三井物産が12.5%、三菱商事が10.0%となっています。まさにロシアとロイヤル・ダッチ・シェル、そして日本の誇る大手商社の共同プロジェクトという今までの考えでは理想の体制が構築されていたわけです。

 ところが今年、ロシアによるウクライナ侵攻をいう暴挙を受けて、情勢は180度変わりました。もはやロシアと一緒のビジネスは許されず、ロシアとの交流は断絶する方向に舵を切るしかありません。
 そのような中、いち早くロイヤル・ダッチ・シェルはサハリン2の事業から撤退することを表明したのです。世界を代表する資源メジャーであるエクソン・モービルやBPなど名だたる企業は次々とロシア事業から撤退することを表明し続けています。BPに至っては2兆円を超える減損が生じることが発表されました。もはやお金の問題でなく、一企業としてもロシアに対して抗議の意思を明確に示す必要があるという判断と思われます。
 本来であれば、資源メジャーのように日本国も即座にサハリンのプロジェクトから撤退すると公言したいところですが、日本のエネルギー事情を考えるとなかなか難しい。歯切れの悪い萩生田大臣の答弁に至っているわけです。しかしながらいずれ米国を中心に、ロシアと取引し続ける日本に対してプレッシャーがかかってくることは必至でしょう。理屈としては萩生田大臣の指摘する通り、仮に日本がサハリンの権益を放棄すれば、その権益は、喉から手が出るほどエネルギーを欲しがっている中国に即座に引き継がれることは明らかです。そうなっては何のためのロシア制裁なのか、却って損するのは日本だけであり、ロシア制裁するつもりが結果として、日本制裁になってしまうというわけです。
 理屈はそうですが、現在の反ロシアでの結束という民主主義国家の結束を考えるといつまでもこの理屈が通るかどうかわかりません。

 次にサハリン2の放棄が如何に日本に打撃を与えるか、みてみましょう。
 サハリン2の年間1000万トンの生産量のうち、6割は日本向けです。サハリン2から供給されるLNGは日本の電力・ガス会社が長期契約で購入しているわけです。
 先日、3月としては極端に寒い日があって一時的な電力供給がひっ迫する事態がありましたが、その時、計画停電の実行も検討されました。まさに日本のエネルギー事情は綱渡りの状態であり、何かあれば日本の電力供給はあっという間に危機に陥るわけです。10年前の東日本大震災において福島原発が事故、その後に日本全土で原発は稼働停止となり、いまでも原発は一部が運転再開しているに過ぎません。また昨今の環境問題の高まりで、化石燃料に頼る日本のエネルギー政策は転換を余儀なくされ、太陽光や風力など再生エネルギーの開発も進めていますが、依然エネルギー環境が厳しく、絶えずギリギリの状態で電力などのエネルギーを確保してきているのが実情です。
 そのような中、サハリンの権益を失えば、さらなるエネルギー価格の上昇、ひいては電力やガスやガソリンの価格上昇となり、これが円安と相まって日本中、酷いインフレが襲ってくるのは必至の情勢となるでしょう。ですから日本政府としても、サハリンの権益の扱いは非常に悩ましいところであり、たとえ国際的な非難があっても今手放すという判断はできないという姿勢です。

 もう少し具体的にサハリン2の権益を失った時の影響度を測ってみましょう。
 LNGの購入契約には様々なケースがあるのですが、そもそも日本企業は電力の安定供給を行うためにLNG確保を目指しているわけですから、当然の流れとして契約は長期契約になっているケースがほとんどです。一般的にLNGの購入契約は、原油価格に連動するケースが多いわけです。そしてサハリン2のプロジェクトから来た日本の電力会社によるLNGの購入価格は1単位あたり10ドルでした。契約した当時としては高かったと思われます。ところがLNG価格は昨今のエネルギーひっ迫の情勢を受けて暴騰状態となりました。結果、アジアのLNGのスポット価格は現在、1単位あたり60ドルに達しているのです。如何にサハリン2との契約が現在の日本にとって有効なものであるかがわかります。
 仮にサハリン2から日本が撤退すれば、今度はその穴埋めとしてアジアのスポット市場でLNGを購入するしか手がありません。となればその購入額は一気に6倍超に膨れ上がってしまいます。現在サハリン2からのLNGの購入額は年間3000億円ですが、これがスポット市場からの調達となればその額は1兆8000億円に膨らむのです。こうなると日本のLNGの輸入額は劇的に増加することとなります。その増加額は自動的に、電気料金やガス料金の値上げとなってかえってくるのです。
 しかも欧州でも状況は似たよう、ないしは欧州では日本より供給がひっ迫してくるでしょうから、世界のLNG市場は奪い合いの状況になりかねません。
 すでに日本でも各電力会社の値上げラッシュで電力料金は9ヵ月連続で上昇中です。さらにこれが今までになく値段高騰が加速する状況に日本国民は耐えられるでしょうか。
 かように情勢は極めて厳しいわけです。萩生田大臣は<「LNG投資によるロシア以外の供給源の確保を通じ、ロシアへのエネルギーの依存度を低減する」と述べていますが、道のりは厳しいというより中東にさらに頼るしかないというのが現実でしょう。

●日本のエネルギー調達の歴史
 振り返ってみると日本のエネルギー源の多様化への道のりは常に難路でした。
 日本はかつてエネルギー調達先の多様化を目指して日本国自身が権益を保有できる油田を探し求めてきました。
 石油ショック後、特に日本は中東各国との関係を重視してきました。中でも日本はイランとの関係が極めて良好でした。米国はイランとの敵対関係となっていましたが、日本はイランとは摩擦もなくイランは日本に好意的だったのです。
 そして日本はさらにイランを様々な面で支援し、イランとの良好な関係を発展させてきました。その良好な関係を基礎としてイランの油田の権益を得ることを目指したのです。2004年、日本の努力が実ってイランのアサデガン油田は日本のINPEXが日本国の後押しの下、その権益の75%を取得するに至ったのでした。これこそは日本にとって悲願であった<日の丸油田>の誕生でした。
 ところがその後、米国とイランの関係がさらに悪化、米国はイランに経済制裁を科すまでに至ったのです。当然、日本にもイランとの関係を絶つようにとの米国からのプレッシャーがかかってきました。日本は最後まで抵抗したものの、米国の圧力を跳ね返すことなどできるはずもなく、最終的に泣く泣くアサデガン油田の権益を手放すこととなったのです。
 その後、このアサデガン油田の権益は中国に引き継がれることとなりました。まさに断腸の思いで手放した権益が中国にやすやすと奪われたというわけです。

 今回のサハリンの権益も日本が手放せば中国がそれを引き継ぐのは必至の情勢です。日本は長年努力に努力を重ねやっと成し遂げた成果をまたまた中国に奪われるというお決まりの構図となりそうなのです。
 かように日本のエネルギーを巡る情勢は悪化する一方です。今後日本では、定期的な計画停電や想像を超えた電力やガス価格の高騰、そしてガソリンの高騰も起こってくるでしょう。折しも円安に加速がついてきました。いよいよ日本の本格的なインフレ到来は待ったなしです。日本人は現金ばかり志向していますが、今後資産運用で現金だけを持つ人は来るべき激しいインフレの下、その価値は著しく減価、泣く羽目となってしまうと思います。

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Profile:朝倉 慶(あさくら けい)

K朝倉慶経済アナリスト。 株式会社アセットマネジメントあさくら 代表取締役。 舩井幸雄が「経済予測の“超プロ”」と紹介し、その鋭い見解に注目が集まっている。早い時期から、今後の世界経済に危機感を抱き、その見解を舩井幸雄にレポートで送り続けてきた。 実際、2007年のサブプライムローン問題を皮切りに、その経済予測は当たり続けている。 著書『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)がアマゾンランキング第4位を記録し、2009年5月には新刊『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)および『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)を発売。2009年11月に舩井幸雄との初の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を発売。2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』(徳間書店)を、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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