“超プロ”K氏の金融講座

このページは、舩井幸雄が当サイトの『舩井幸雄のいま知らせたいこと』ページや自著で、立て続けに紹介していた経済アナリスト・K氏こと
朝倉 慶氏によるコラムページです。朝倉氏の著書はベストセラーにもなっています。

2022.08
株安望んだ米金融当局

「高いインフレ状況を抑え込むまでは何としても金融引き締めをやり続けなければならない」
 7月26日、経済シンポジウム<ジャクソンホール会議>において米国FRBのパウエル議長は利上げを継続する強い決意を表明したのです。米国の7月のインフレ率は8.5%、これは6月の9.1%という高い数値から落ちてきたものの、依然高水準です。
 金融当局としてこの高インフレはとても看過できる状況ではありません。今や米国金融当局にとって一番の課題は、高いインフレを封じ込めることです。そのためにはどんな犠牲もいとわないという姿勢です。
 パウエル議長の強い警告を受けて、株式市場は落胆、NYダウは1000ドル安と3%も下げました。ハイテク株を中心とするナスダック市場に至っては3.9%安となりました。人気株のアップルも4%安、アルファベットは5%安という有様です。従来、米国の金融当局は穏やかな経済回復、それを主導するための緩やかな株高を目指していたはずです。ところが現在の金融当局は様変わり、まるで株式市場を目の敵にして株の大幅安を望んでいるような姿勢です。いったい何が起こっているのでしょうか? 米国金融当局、FRBの思惑に迫ってみます。

●米金融当局の思惑
 実際、現在の米国金融当局は株高を心よく思っていないのです。むしろ株安を歓迎しているし、株安に誘導しようとしています。当局のこのような姿勢は極めてまれなことです。
 米国の金融当局の使命は二つあります。
 一つは「物価を安定させること」、そしてもう一つは「雇用を最大化させること」です。実はこの二つの使命を同時に実現させることは難しいのです。景気を刺激すれば物価は上がってしまいます。雇用も拡大するでしょうが、これでは金融当局としての使命は果たせません。しかしながら物価の抑制に重点をおいて景気を失速させてしまっては雇用が減少してしまいます。こうなっては経済を司る金融当局としての使命は果たせないわけです。二つの命題「物価の安定」と「雇用の最大化」を同時に実現させるのは意外に難しいわけです。
 ここ数十年を振り返ってみると、米国金融当局として物価を安定させることと、雇用を拡大させることが100%ではありませんが、及第点と言える程度まではうまくやってきたと言えると思います。
 2008年リーマンショックの時は酷い経済状況となって米国の失業率は一時10%を超えるまで悪化しました。ここでは金融当局はお金を市場に膨大にばらまく量的緩和政策を連発しました。これによって株高を演出しましたし、その結果として景気も徐々に回復基調となって雇用状態も良くなり、失業率は10%という高水準から5%に向かって段階的に低下、まさに金融当局の政策に沿うように経済状況が好転していったのです。
 2020年にコロナが蔓延して経済活動が至るところでストップしてしまった時も、金融当局は果敢に動きました。金融当局は再び量的緩和政策を大規模に実施、市場に膨大なマネーを供給し続けたのです。
 さらにリーマンショックの時もコロナ危機の時も政府も大きく動きました。
 公共投資をはじめとする大規模な景気対策を連発、コロナ危機の時は現金供与を連発するなど、とにかくマネーをこれでもか、これでもか、というくらいばらまいたのです。一連の政府と金融当局のかつてないような大盤振る舞いによって景気は回復、物価も安定、失業率も低下するといういいことばかりという好循環となったのです。

 ところが昨年から米国では物価の上昇が目立つようになってきました。これはコロナの拡大時にあまりに多額の現金をばらまいたので、その供与されたマネーが至るところで使い始められたことも大きかったわけです。さらに悪いことに、今年はロシアによるウクライナ侵攻という大事件が勃発したために、原油をはじめとするエネルギーの供給や食料の供給が危機的な状況となってしましました。
 コロナの後に供与された膨大なマネーが使い始められたところに、供給網の寸断が起こってしまったのですから、たまりません。需要が盛り上がってきたところに供給が途絶えたわけです。これでは物価が急騰するのはやむをえないというわけです。
 また米国ではトランプ政権時に移民を極端に制限しました。コロナの拡大もあって、米国に入ってくる移民の人数が激減したわけです。当然、米国全体の労働力もひっ迫してしまいます。労働者が足りず労働需給もひっ迫となれば、当然賃金も上がってくるわけです。こうして米国では物価高、賃金高というスパイラル的な簡単には収まらないインフレ状況が生じてしまいました。

 物価高が恒常的に生じてしまうという現実について、現在の日本人はピンとこないところもあるかもしれません。日本でも現在、エネルギーや食料中心に物価高が起こってきましたが、いかんせん賃金が思うように上がってきません。ところが米国では、賃金も年率5%を超える勢いで上がってきているわけです。
 こうなると米国においては、エネルギーや食料などは時には年率100%近い上昇となり、住宅などは価格が20%近い上昇となり、賃金も5%を超える上昇となってきたわけです。こうして米国のインフレ率は6月一気に9%を突破してしまったわけです。これでは金融当局としては強い政策を発動して物価抑制に動くしかないわけです。
 物の値段は需要と供給の関係で決まります。米国においては、需要が大きく盛り上がってきたところに供給がそれについてこないわけです。ですからあらゆるモノの値段や賃金も含めて上がってしまうわけです。この場合、需要を満たすだけの供給が増やせればいいのですがそうはいきません。
 供給不足を引き起こした元凶であるロシアから原油を購入するわけにはいかず、逆にロシアに制裁を加えて供給を途絶しているわけです。ロシアの蛮行を許すわけにはいきませんから、どうしてもエネルギーや食料の供給が減少し、増えてこないわけです。かように、米国の政府や金融当局が供給の拡大を図ることはできないわけです。
 となると需要と供給のバランスで決まってくるモノや賃金の値段という基本的なことを考えてみますと、供給面において米国が自ら解決する策がないということになります。となると、米国金融当局としてできることは「需要を減らすことだけ」ということになるわけです。

 需要を減らすにはどうしたらいいのでしょうか? 景気を悪くすればいいのです!景気を悪くすれば需要が減りますから、需要が減れば供給の状態とつり合いが取れるようになります。そうなれば物価が落ち着いてくるというわけです。
 ですから、現在米国の金融当局の行おうとしていることは、なんとしても景気を悪化させて、需要を激減させてインフレモードを抑え込もうという腹積もりなのです。
 さらに人々のマインドをくじくには、株安誘導は絶好のターゲットです。株が安くなれば株を保有している人は消費意欲を失ってしまいます。特に米国では金融資産の半分以上が株式や投資信託に投資されていますので、株安は効果てきめんです。株が下がれば人々はモノの購買意欲を失っていくでしょう。かようにして、何としても米国の金融当局は株安を演出したいわけです。もちろん永遠に株安を演出したいわけではありませんが、インフレが収まるまではどうしても景気を悪化させ、人々のマインドをくじきたいわけです。

●米国の現状は・・極めて流動的
 現在米国では1970年代から1980年代に起こったインフレと同じような高いインフレが起こってきています。この1970-80年代には米国の金融当局はインフレ退治に失敗し続けたのです。それは当時、物価高になると金利を引き上げたのですが、それによる景気悪化で失業率が上がってしまうと今度は、景気を冷やしすぎたということで利下げを行ったわけです。こうなると当時は、石油ショックといって中東からの石油供給に難が出ていたところで、その時に金利を上げ下げ繰り返していましたので、結局、高インフレ状態が全く収まらなかったわけです。
 この時現れたのがFRBの伝説の議長、ボルカー氏です。ボルカー議長は政策金利を20%にまで引き上げて徹底的にインフレ退治を目指しました。ボルカー氏は失業率がどんなに上昇して景気悪化が問題視され続けても、政策の手を緩めなかったのです。このような荒療治で当時、米国は高インフレから脱すること成功したわけです。
 今回、ジャクソンホールでのパウエル議長の講演は予定の30分に対してわずか8分という短さでした。そしてそこで話した内容は、インフレ退治への強い決意だけだったのです。パウエル議長はボルカー氏のことを念頭に置いたかのように「歴史は時期尚早な金融緩和を強くいさめている」と述べています。そして「インフレ抑制には不幸なコストはかかるが、物価の安定を取り戻さなければより大きな痛みを伴う」として、今後、金融当局が利上げをはじめとする金融引き締め政策を継続することで、「家計や企業に何らかの痛みをもたらす」として今後の景気悪化の影響を警告しています。パウエル議長の一連の決意表明のような講演に対してさすがに市場も失望で反応しました。講演後、株式市場が大きく下がったことにパウエル議長はじめ金融当局はほくそ笑んでいることでしょう。
 しかしながらこれから先はいろいろありそうです。株を下げすぎてしまえば今度は、当局の思惑を超えて景気が悪化するかもしれません。また、米国が金利を上げすぎれば、新興国はじめドル建ての借金が返済できなくなる国や地域が世界中で続出してくるでしょう。
 また現実に米国の失業率が本当に悪化してくれば、社会が不安定化してきます。そうなれば物価高と相まって世論は政府や金融当局に対して激しく非難をすることとなるでしょう。
 現在、米国の金融当局は6月から上げてきた株式市場を冷やしたい思惑が強く、今回のジャクソンホール会議において、強い景気引き締めのメッセージを市場に送ることとなりました。しかしあちらを立てればこちらが立たないという風に今後様々なしかも深刻な問題が各所で生じてくることは必至の情勢です。
 一見、金融引き締めと株安が続きそうに思えますが、現在の情勢は極めて流動的です。景気悪化や株安が過ぎれば、今度は別の問題に波及、具体的には金融危機の勃発も招きかねません。
 すでに新興国の一部はデフォルトが始まってきています。また中国経済も大問題です。中国経済はゼロコロナ政策と不動産バブルの崩壊で今後、大きく失速していくでしょう。欧州は熱波と干ばつ、エネルギー不足に苦しんでいます。欧州はロシアからガス供給を止められて景気の先行きが全く読めない状況です。世界を見渡すと比較的安定しているのは日本だけという状況です。
 株安を望んだ米国の金融と当局の思惑は今回、うまくいったようです。しかしこの先、如何なる変動が待っているか依然予断を許しません。今回、始まってきた世界的なインフレ模様が簡単に収まるとは思えません。年々現金の価値が目減りしていく時代に入ってきたことは確実でしょう。現金だけを後生大事に持ち続けていてはこれからの時代を乗り切れるはずはないのです。

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暴走する日銀相場『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)に引き続き、『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)が2009年5月に発売。その後 家族で読めるファミリーブックシリーズ『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)が同年5月30日に発売。さらに2009年11月には、船井幸雄と朝倉氏の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)が発売され、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を、2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』 (徳間書店)を発売、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』を発売、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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Profile:朝倉 慶(あさくら けい)

K朝倉慶経済アナリスト。 株式会社アセットマネジメントあさくら 代表取締役。 舩井幸雄が「経済予測の“超プロ”」と紹介し、その鋭い見解に注目が集まっている。早い時期から、今後の世界経済に危機感を抱き、その見解を舩井幸雄にレポートで送り続けてきた。 実際、2007年のサブプライムローン問題を皮切りに、その経済予測は当たり続けている。 著書『大恐慌入門』(2008年12月、徳間書店刊)がアマゾンランキング第4位を記録し、2009年5月には新刊『恐慌第2幕』(ゴマブックス刊)および『日本人を直撃する大恐慌』(飛鳥新社刊)を発売。2009年11月に舩井幸雄との初の共著『すでに世界は恐慌に突入した』(ビジネス社刊)、2010年2月『裏読み日本経済』(徳間書店刊)、2010年11月に『2011年 本当の危機が始まる!』(ダイヤモンド社)を、2011年7月に『2012年、日本経済は大崩壊する!』(幻冬舎)を発売。2011年12月に『もうこれは世界大恐慌』(徳間書店)を、2012年6月に『2013年、株式投資に答えがある』(ビジネス社)を、2012年10月に朝倉慶さん監修、ピーター・シフ著の『アメリカが暴発する! 大恐慌か超インフレだ』(ビジネス社)を発売。2013年2月に『株バブル勃発、円は大暴落』(幻冬舎)を、2013年9月に『2014年 インフレに向かう世界 だから株にマネーが殺到する!』(徳間書店)を 、2014年7月に『株は再び急騰、国債は暴落へ』(幻冬舎)を、2014年11月に舩井勝仁との共著『失速する世界経済と日本を襲う円安インフレ』(ビジネス社)を発売、2015年5月に『株、株、株!もう買うしかない』、2016年3月に『世界経済のトレンドが変わった!』(幻冬舎刊)を発売、最新刊に『暴走する日銀相場』(2016年10月 徳間書店刊)がある。

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