ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

このページは、社会分析アナリストで著述家のヤス先生こと高島康司さんによるコラムページです。
アメリカ在住経験もあることから、アメリカ文化を知り、英語を自由に使いこなせるのが強みでもあるヤス先生は、世界中の情報を積極的に収集し、バランスのとれた分析、予測をされています。
スピリチュアルなことも上手く取り入れる柔軟な感性で、ヤス先生が混迷する今後の日本、そして世界の情勢を予測していきます。

2016.11.01(第33回)
確実に外れそうな「10・11月金融危機説」

 11月になりました。内外の在野のエコノミストやアナリストを中心にして、「10・11月金融危機説」がまことしやかにささやかれています。大手の金融機関の破綻が引き金になり、2008年のリーマンショックを上回る巨大な金融危機が起こり、これによって現在の資本主義経済は実質的にメルトダウンしてしまうのではないかという予測です。

●ドイツ銀行の破綻
 この巨大な金融危機の引き金になると考えられているのは、ドイツ最大の銀行、ドイツ銀行の破綻です。ドイツ銀行は米司法省から140億ドル(約1兆4,000億円)という途方もない制裁金を課せられ、それが元で破綻するのではないかと懸念されています。
 2013年ころから、すでにドイツ銀行の経営状態は悪化の一途をたどっていました。2015年に「欧州中央銀行(ECB)」が実施した銀行のストレステストではドイツ銀行は不合格だったし、同時期に発表されたIMF(国際通貨基金)の報告書では、世界の巨大銀行の中で、金融システムへの潜在的なリスクがもっとも高いのはドイツ銀行だとされていました。その後には「HSBC(香港上海銀行)」と「クレディスイス」が続いていました。
 こうした事実を反映して、昨年の同時期と比べドイツ銀行は98%の大幅減益となり、2015年12月には68億ユーロ(7,790億円)の赤字を計上したのです。その後、ドイツ銀行の株価は暴落し、リーマンショック前の好景気であった2007年と比べると半値の水準になりました。
 さらに2014年からは、「欧州中央銀行」が導入したマイナス金利の影響で銀行の利鞘は軒並み低下しました。これによりドイツ銀行の経営状態は一層悪化したのです。

 しかし、これに追い打ちをかけたのは米司法省による巨額な制裁金でした。ドイツ銀行は、LIBOR(※)という銀行間金融のための金利の不正操作、ならびにアメリカの経済制裁の対象国であったイランとシリアなどのための取引代行などのために、2億5,000万ドルの制裁金が課せられていました。
(※LIBOR:ライボー(London Interbank Offered Rate)。ロンドンにおいてインターバンク取引で資金の出し手から提示される金利のことで、「ロンドン銀行間取引金利」とも呼ばれる。(wiki参照))

 のみならず、米司法省は、2007年の金融危機の発端となった金融商品「CDO」を、破綻することを知りながら販売したとし、140億ドル(約1兆4,000億円)の制裁金を課すとしたのです。これは巨額の制裁金です。ただでさえ経営状態が悪化しているときに、これだけの制裁金の支払いはドイツ銀行を経営破綻へと追い込む可能性があります。
 さらにドイツのメルケル首相は、ドイツ政府が同行を救済することはないと明言しました。これまでドイツ政府は、ギリシャやイタリアなどのPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)諸国の銀行を政府が救済することを強く禁止してきた手前、救済できないのは当然でした。
 このような状況のため、9月30日にはドイツ銀行の株価は10ユーロを下回る水準に暴落し、最安値となりました。これはドイツ銀行の破綻が近いのではないかとの観測を強めることになったのです。

●10月・11月金融危機説は的中するか?
 これはまさに、ネットで拡散している「10月・11月金融危機説」が現実となる可能性を示唆する事態です。
 それというのも、ドイツ銀行は世界最大の75兆ドル(約7,500兆円)のデリバティブを保有しているからです。これは世界のGDP、66兆ドルよりも大きく、ドイツのGDPの20倍に達する額です。これは、2008年に金融危機拡大の発端となったリーマンブラザーズの保有するデリバティブの比ではありません。
 また現在、イタリア第3位の銀行、モンテ・パスキが大量の不良債権を抱え経営破綻が懸念されています。モンテ・パスキは、企業の債務不履行を対象にした破綻保険のCDSというデリバティブを大量に発行しています。こうしたCDSのかなりの割合をドイツ銀行が引き受けていることはよく知られています。すると、ドイツ銀行が破綻すると、モンテ・パスキのCDSの引き受けも不可能になるので、これがモンテ・パスキの破綻の引き金となります。さらにドイツ銀行は、ギリシャの主要行が発行するCDSのメインの引き受け先でもあります。

 このような状況なので、ドイツ銀行の破綻は、リーマンショックをはるかに上回る世界的な金融危機を発生させる可能性があり、それが10月か11月にも起こると予測されているのです。
 これまでほぼ毎年のように金融危機の発生が予見されてきました。今年だけでも3月、5月、6月とそのような予測がネットを駆け巡りました。これらはすべて外れました。でも、今回はドイツ銀行の破綻が近いので、世界的な金融危機は起こってしまうのではないかと真剣に懸念されています。このような見方は、大胆な予測が許される在野のエコノミストだけではなく、主要メディアでもそうした観測記事が多くなっています。やはり「10月・11月金融危機説」は避けられないとの見方が次第に強くなっているのが現状です。

●論理的に予測できる危機は起こらない
 これはかなり説得力のある予測です。でも、「論理的に予測できる危機は起こらない」という原則が今回も適用できそうです。おそらくいま世間を席巻している「10月・11月金融危機説」は、起こらないと見て間違いないと思われます。
 それというのも、危機が論理的に予測できるとき、関係機関は危機を回避するために全力を尽くすのが普通だからです。本当の危機とは、危機の規模が想定をはるかに越えているか、または、「ブラックスワン」と呼ばれる想定外の出来事であるかのどちらかです。どちらの場合も、「想定外」の出来事が起こった場合に限られると見たほうが妥当なのです。

 では今回のドイツ銀行の場合はどうでしょうか? 対応不可能なほど想定外の出来事なのでしょうか?

 いや、そのように言うことはできないように思われます。ドイツ銀行の経営難は、すでに何年も前から指摘されていました。いまに始まったことではありません。今回、これが世界的な金融危機の発端となると思われたのは、米司法省による制裁金の巨額さです。140億ドル(約1兆4,000億円)とは多くの予想を越える金額でした。ということでは、もし制裁金が想定内の規模に減額されると、経営破綻の懸念も遠のくことは間違いないでしょう。
 事実、10月2日になると、当初の140億ドルよりも60%も低い54億ドルで米司法省が妥協する可能性があるとのニュースが流れました。市場はこれを好感し、ドイツ銀行の株価が急騰しました。また、ドイツ銀行の騒ぎのために世界的に下落していた株価も再上昇したのです。
 さらにこれを受けて、ドイツ銀行のCEOは「ドイツ銀行の経営基盤は心配ない」と声明し、市場に安心感をあたえました。また10月3日には、ドイツ銀行は1000人規模のリストラを発表しました。もちろん銀行の経営悪化の原因のひとつはマイナス金利ですが、ドイツ銀行のあまりに高い人件費が一つの要因であることが分かっています。そのため、リストラの断行は危機回避のための重要な方策として市場では受け取られ、ドイツ銀行の株価をさらに押し上げました。

●ドイツ銀行の破綻は望まない米司法省
 さて、このように、ドイツ銀行の経営破綻懸念は急速に消失しつつあります。しかし、本当に54億ドルという制裁金の額で妥結するのでしょうか? ネットでは、これは米政府が、EUを支配下におき、帝国化しつつあるドイツをたたき潰すために意図的に行った制裁なので、当初の140億ドルの制裁金は妥協しないはずだとの見解も見られます。

 しかし、そうではないようです。周知のように、2007年から2008年の金融危機の原因となったのは、破綻が確実な低所得者用の住宅ローン、「サブプライムローン」を組み込んだ金融商品、CDOが大量に出回り、それが「サブプライムローン」とともに破綻したからです。
 米司法省は、このような金融商品を販売した大手金融機関の責任を徹底的に追求し、随時巨額の制裁金を課しています。制裁の対象になっている金融機関に国籍の区別はありません。アメリカの大手の金融機関も制裁対象です。以下がそのリストです。

バンク・オブ・アメリカ:166億5,000万ドル(約1.67兆円)
JPモルガン・チェース:130億ドル(約1.3兆円)
シティグループ:70億ドル(約7,000億円)
ゴールドマン・サックス:50億6,000万ドル(約5,600億円)
モルガン・スタンレー:26億ドル(約2,600億円)
AIG:16億4,000万ドル(約1,640億円)
コメルツ銀行:14.5億ドル(約1,450億円)
UBS:7.99億ドル(約799億円)
ロイヤルバンク・オブ・スコットランド:6.34億ドル(約634億円)
HSBC:6.18億ドル(約618億円)

 アメリカの金融機関にも、巨額の制裁金が課せられていることが分かります。たしかに、いまドイツ銀行に課せられる可能性のある54億ドルという金額は高い。しかし、ゴールドマン・サックスの50億ドルとほぼ同水準の金額です。またバンク・オブ・アメリカにいたっては、166億5,000万ドルという、当初ドイツ銀行に課せられた140億ドルよりも高い金額です。これを見ると、米政府が帝国化するドイツを牽制するためにドイツ銀行のみをターゲットにしたとは到底言うことはできないでしょう。とすれば、米司法省が140億ドルの制裁金にこだわるとは思えません。

 米司法省は、当初巨額の制裁金を課すものの、最終的には交渉によって二分の一、ないしは三分の一の額まで減額するのが通例です。要するに、金融機関そのものを破綻させる意図は米司法省にはなく、高額だが支払い可能な範囲の制裁金に抑えるというのが原則のようです。企業そのものを破綻させてしまえば、制裁金の回収も不可能になるという合理的な判断がその背景にあります。

●さらにEUが乗り出す
 しかしそれでも、ドイツ銀行の経営がかなり厳しい状況であることには変わりがありません。近い将来、破綻の危機がないとは言い切れない状況です。しかし、複数のシンクタンク系のレポートを読むと、EU当局による危機を回避するための対応が急ピッチで行われているのが分かります。
 まず一般的な認識として、EU首脳部はドイツ銀行の破綻をドイツ一国の問題とは考えてはいません。ドイツ銀行の保有するデリバティブの大きさから見て、EUを経済的に壊滅させかねない問題として捕らえており、EU総体で対応する構えです。
 これから米司法省と制裁金の減額交渉が成立し、ドイツ銀行の危機の話しもしばらくは遠のく可能性があります。しかし、それでもドイツ銀行の経営危機が進行する場合、EU当局が全面的に乗り出す準備を進めています。ギリシャを救済したような、EUを中心にECB(欧州中央銀行)とIMFを巻き込んだトロイカの体制になる可能性も指摘されています。

 いずれにせよ、危機が発現していないいまの時点では、どのような対応策になるのかは分かりません。しかし、強力な対応策になることは間違いないでしょう。
 ドイツ銀行の問題が引き金で世界的な金融危機は起こるとする「10月・11月金融危機説」は実現しないと見た方が妥当です。

●作動しなくなる市場原理
 ところでドイツ銀行のこのような状態は、金融危機が非常に起きにくくなっている現代の経済の状況を表しています。2008年のリーマンショック以降、各国の政府や中央銀行の市場経済に対する操作性は増し、市場原理が自律性を失うほど資本主義が変質しつつあるのです。
 例えば現在の日本ですが、ETFと呼ばれる優良銘柄の投資信託を通して日銀が株を大量購入しています。その結果、2017年になると、東京証券取引所の上場している企業のうち、なんと70%の筆頭株主が日銀になると見られています。2018年になるとこの割合はさらに上昇し、80%になります。
 中央銀行がなんらかの方法で市場から株を購入し、市場の暴落を防いでいるのは日本だけではありません。ECB(欧州中央銀行)もFRB(米連銀)も同じような政策を実施しています。このような状況では、株が需要と供給によって激しく変動し、市場の調整を伴う暴落が循環的に起こるというような資本主義の市場原理は、ほとんど作動しなくなります。

●ウォーラスティンが指摘する資本主義の変質
 一般的に私達は、市場の暴落から恐慌が発生し、通貨価値の凋落でハイパーインフレがこれから起こるのではないかという印象を持ちます。しかし、市場や経済に対する中央銀行や政府の介入と操作性が高まるにしたがって、こうした一連の出来事の連鎖は発生しにくくなります。発生する前に危機は回避されてしまうのです。先に解説したドイツ銀行の破綻の回避はこの好例でしょう。
 このような状況を、リーマンショック以降の資本主義の本質的な変質として理解しているのが、20世紀最大の歴史学者とも評価されるイマニュエル・ウォーラスティンです。最近発表されたコラムで次のようなことを書いています。要点だけ要約します。

 「いま株式市場は、景気の変動をまったく反映しなくなってしまった。実際の景気がどれだけ悪くても、株価が暴落することはない。資本主義経済では株価は、経済の状態をもっともよく反映する指標とされてきたが、もはやそうした状況ではなくなったのだ。
 これは、2008年のリーマンショック以降、資本主義経済が本質的に変質してしまったことを現している。中央銀行と政府の介入による操作によって、維持されるような体制に変化したのだ。
 これは、資本主義がこれまでとは大きく異なる社会体制に変質しつつあることを意味する。しばらくすると、この体制がはっきりと姿を現すだろう。」

 これは、いま私達が経験している本質的な変化を鋭く洞察した言葉です。もしこのような状況であるなら、ドイツ銀行の経営破綻のような予測可能な事態を根拠に、大きな危機の発生を予見することは極めて困難です。予測可能な危機は、中央銀行や政府の介入によって事前に回避されてしまうのです。

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Profile:高島 康司(たかしま やすし)
高島 康司(たかしま やすし)

社会分析アナリスト、著述家、コンサルタント。
異言語コミュニケーションのセミナーを主宰。ビジネス書、ならびに語学書を多数発表。実践的英語力が身につく書籍として好評を得ている。現在ブログ「ヤスの備忘録 歴史と予知、哲学のあいだ」を運営。さまざまなシンクタンクの予測情報のみならず、予言などのイレギュラーな方法などにも注目し、社会変動のタイムスケジュールを解析。その分析力は他に類を見ない。
著書は、『「支配−被支配の従来型経済システム」の完全放棄で 日本はこう変わる』(2011年1月 ヒカルランド刊)、『コルマンインデックス後 私たちの運命を決める 近未来サイクル』(2012年2月 徳間書店刊)、『日本、残された方向と選択』(2013年3月 ヴォイス刊)他多数。
★ヤスの備忘録: http://ytaka2011.blog105.fc2.com/
★ヤスの英語: http://www.yasunoeigo.com/

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