みんなでひとつ命を生きていく〜宮ぷーこころの架橋プロジェクトから〜
このページは、特別支援学校教諭で、作家でもある「かっこちゃん」こと山元加津子さんによるコラムページです。
かっこちゃんは障害を持った子どもたちと、かけがえのない一人の友達として触れ合い続けています。その様子は『1/4の奇跡』という映画にもなりました。このコラムでは、かっこちゃんの同僚で、2009年2月に突然脳幹出血で倒れ、奇跡的に命をつないだ宮田俊也さん(通称・宮ぷー)との触れ合いの様子を中心にお届けします。
宮ぷーは今、レッツチャットという意思伝達装置で思いを伝えられるようになったけれど、それ以外でも、いろんな方法で思いを伝えてくれています。たとえば、おしっこがしたいときは、目をまん丸に大きく見開きます。それから、手のリハビリのためなどに、レッツチャットのスイッチがついている手袋をはずしたままでいると、「つけてー」の合図で手をひらひらとさせて教えてくれます。今でも、宮ぷーはおしゃべりができないということで、伝えられない思いもたくさんあって、もどかしい思いもしていると思うのです。私は宮ぷーといて今まで、学校の子どもたちとのことで、失敗ばかりしてきたなあと思うのです。
昔のことですが、自分の気持ちを「ビビビビー」とか「ブブブブー」というような言葉で伝えている中学生の男の子がいました。ご両親にお伺いすると生まれてから一度も話し言葉を使ったことはないということでした。私たちはその男の子がたくさんの気持ちを持っているということを頭でわかってはいながら、けれどたくさんのことがむつかしいのではないだろうかと思いこんでいたのです。それはたとえば勉強に取り組むときでも、トランポリンで揺れたり跳んだりするのがうれしそうだとか、犬が嫌いなようだとかいうように、彼が好きとか嫌いとかだけで、物事を判断していました。
彼はサラダが嫌いで、特にトマトはけっして口にしようとはしませんでした。その日はおそらく担任の先生が彼に少しがんばってもらってトマトを一口でも食べて欲しいと思っていたのだと思います。私は少し離れたところで、クラスの子供たちと食事をとっていました。彼と先生とのトマトを食べることでの奮闘というか、格闘というか、そういう時間が15分くらい続いた頃だったでしょうか。びっくりすることがおきたのです。
ご両親も私たちも一度だって聞いたことのなかった話し言葉で彼は吐き出すようにはっきりと言ったのです。「嫌いっていうとるやろう。さっきからトマトが嫌いって言うとるのがわからんのか」
その瞬間、食堂はシーンと静まり返りました。誰もが今聞いた声のことが信じられなかったのだと思います。でも言ったのは確かに彼でした。何十人もいた教員や子供たちが確かに彼の心からしぼりだすような声を聞いたのです。ご両親はその場におられなかったので、「信じられません」と繰り返すばかりだったそうです。
それから私たちは何度も「なぜ、彼は今まで一度も話し言葉を使わなかったのに、その時使ったのだろう」と話し合いました。でも誰もどうしてかということはわかりませんでした。ただはっきりとしているのは、彼はいつでもたくさんの思いを持ち、それを伝えたかったに違いないのに、それができずにつらい思いをしてきたのに違いないということでした。そして、私は、そして、私たちはこれまでこれほどの彼の思いを少しもわかろうとしてこなかったということでした。
彼はそのあとも私がいる間のことしかわかりませんが、話し言葉は使ってはいません。もしかしたら、彼は彼の心の中の思いを、どうして口から出したらいいのか方法をみつけられずにいるのかもしれません。けれど確かなことは彼は好きとか嫌いとかではなくて、「トマトをさっきからずっと嫌いだと言い続けてるのに、どうして解ってくれないのか」というふうにあふれるような気持ちを持っていることは確かなのです。
私たちはいつも思いこみでこの人はこんな人だと決めてしまうと思います。そんな中では決して相手の思いを知ることができないように思います。相手のことを大好きになって、相手の思いを知りたいと願い続ける、そのことが大切なんだと言うことを、私はけっして忘れてはならないと心に刻みつけたいです。
大ちゃんと私、少しも分かり合えずにいたときにも、私はまた同じように間違いを繰り返していました。大ちゃんが今こんなに沢山の素晴らしい思いを伝えてくれているのに、私は大ちゃんがいろんなことを考えるのはむつかしくて「できない」のじゃないかと思いこんでいたのです。自分の思いこみを押しつけて、小さな子が使う絵本や一年生の教科書ばかりを使ったり、それどころか、大ちゃんが自分で選ぶべきだった、自分できめるべきだったたくさんのことを勝手に選んで押しつけてばかりいたのです。私はいったいどれだけ大ちゃんをつらい気持ちにさせていたのだろうと思うと、今も悲しくてたまらなくなるくらいです。
でもこのときだけではないのです。私はいつもいつも間違いをおこしてきたのです。ずっと前、まだワープロやパソコンがこれほど広く使われなかった頃、一緒にお勉強した強君にこの間会いました。強君がそのときに渡してくれた日記を見て、私は胸がどきどきして、涙がとまらなくなりました。
強君は、今も当時も首に力を入れることがむつかしくて頭を持ち上げられず、いつもうつむいて車椅子に乗っていました。私たちは強君が話している言葉を聞き取ることはむつかしく、ただ強君がクビを縦に振るか横に振るかで気持ちの伝え合いをしていたのです。
私には忘れられないできごとがあります。「強はいつも顔をあげんのやから、映画なんか見に行っても一緒やろう。顔ををあげんのやったらつれていかんぞ」男の先生はからかい半分、冗談半分で、それから頭ををなんとかあげて欲しいという思いもあったのかもしれません。そんなふうに言いました。強君はそれを聞いて涙を流しながら、頭を必死に持ち上げていました。周りの先生がそれを見て笑っていました。私はそのときに何も言うことができませんでした。なぜ何も言わなかったのだろうと強君の涙を何度も思い出しながら悔やんでいました。何も言えなかった私は、その男の先生と同じで、強君の深い思いを少しもわからずにいたからだと思います。もしかしたら私は強君の涙を見るまで、強君がどれほど悔しい思いをしているかということに気がつかず、(強君もみんなと一緒にお出かけしたいのかな。バスに乗るのがうれしいのかな)というように軽く考えていただけなのかもしれません。
強君の日記には「ルパン三世の映画を今日テレビで見た。山田さんの声がルパンのイメージにぴったりだ。僕は映画が好きで好きでたまらない。ルパンと、加山雄三さんの映画が好きだ。山田さんがなくなってしまって、本当にがっかりした。ルパンの声はやっぱり山田さん以外考えられない」と書いてありました。
車椅子に乗っていることや、施設にいることで映画を見にいくことがとてもむつかしい強君はあのとき、あんなふうに言われてどんなにつらい思いをしただろうかと思います。
そして私は強君の日記や最近のメールの文章を見るまで、強君がこんなに映画が好きだということも、それから文章に書かれているようなこんなに深い思いを持っているということにも少しも気がつかずにいたのです。それは大好きな子供たちを自分とは違うとでもいうように分けて考えていたからではないかと恐いのです。
当たり前のことなのに、私はすぐに忘れます。子供たちはいつもたくさんの気持ちを持っていてそれを伝えようとしているのです。それは大ちゃんだけではないことを忘れないでいたいです。そんな失敗を繰り返しているので、いっそう。私は思うのです。みんなあふれる気持ちを持っている。誰であってもそうだということ、子どもたちが傷つきながらも教えてくれたそのことを絶対に忘れちゃいけないと思うのです。
今日も宮ぷーは、「おなかがすいていない? ちゃんとごはんをたべてね」とレッツチャットで言ってくれました。意思伝達装置があることが、本当にうれしく幸せに思います。思いを伝えあえることの幸せを宮ぷーは今日も教えてくれています。
(※今日(5月11日)、宮ぷーは初めて声でお返事ができたのです。よかったら、いちじくりんのHP(http://itijikurin.blog65.fc2.com/)をみてください。)
【お知らせ】
・「宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくと」(宮ぷー日記のメルマガです)
(こちらでメルマガ登録=プロジェクト参加できます)
http://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/miyapupuro/kokorokakehasi.html
携帯からは空メールを送れば登録できます。a0001012961@mobile.mag2.com
・メルマガの生い立ちをこちらのページに書いていますので、ご参照ください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html
『満月をきれいだと僕は言えるぞ・・GO!GO!意思伝達大作戦』三五館(税別1500円)宮田俊也・山元加津子著
★ 山元加津子と仲間たちとのおかしな毎日を綴る
いちじくりんHP:http://itijikurin.blog65.fc2.com/
09/20 | |
08/20 | |
07/20 | |
06/20 | |
05/20 | |
04/20 | |
03/20 | |
02/20 | |
01/20 | |
12/20 | |
11/20 | |
10/20 | |
09/20 | |
08/20 | |
07/20 | |
06/20 | |
05/20 | |
04/20 | |
03/20 | |
02/20 | |
01/20 | |
12/20 | |
11/20 | |
10/20 | |
09/20 | |
08/20 | |
07/20 | |
06/20 | |
05/20 | |
04/20 | |
03/20 | |
02/20 | |
01/20 | |
12/20 | |
11/20 | |
10/20 | |
09/20 | |
08/20 | |
07/20 | |
06/20 | |
05/20 | |
04/20 | |
03/20 | |
02/20 | |
01/20 | |
01/01 |
宮ぷー(右)と一緒に。
1957年 金沢市生まれ。エッセイスト。愛称かっこちゃん。石川県特別支援学校教諭。障害を持った子どもたちと、教師と生徒という関係ではなく、かけがえのない一人の友達としてふれあいを続けている。分け隔てなく、ありのままに受け入れる姿勢は、子どもたちの個性や長所を素晴らしく引き出している。そんな子どもたちの素敵さを多くの人に知ってもらおうと、教師をしながら国内外での講演・著作活動など多方面に活躍中。教師、主婦、作家、母親という4役を自然体でこなし、まわりの人に優しく慈しみをもって接する姿は、多くの人の感動を読んでいる。著書に『本当のことだから』、『魔女・モナの物語』(両方とも三五館)、『きいちゃん』(アリス館)、『心の痛みを受けとめること』(PHPエディターズグループ)などがある。
宮ぷーこころの架橋プロジェクト メルマガ登録:
http://www.mag2.com/m/0001012961.html
同プロジェクトから生まれたHP:http://ohanashi-daisuki.com/index.html
山元加津子さんHP「たんぽぽの仲間たち」:http://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/