みんなでひとつ命を生きていく〜宮ぷーこころの架橋プロジェクトから〜
このページは、特別支援学校教諭で、作家でもある「かっこちゃん」こと山元加津子さんによるコラムページです。
かっこちゃんは障害を持った子どもたちと、かけがえのない一人の友達として触れ合い続けています。その様子は『1/4の奇跡』という映画にもなりました。このコラムでは、かっこちゃんの同僚で、2009年2月に突然脳幹出血で倒れ、奇跡的に命をつないだ宮田俊也さん(通称・宮ぷー)との触れ合いの様子を中心にお届けします。
夏休みにはメキシコに行き、そして、その帰りに、ロサンゼルスとサンフランシスコで講演をさせていただきました。すごくすごくうれしかったです。
そのときに、たけちゃんという男の子と出会いました。講演会には親の会のみなさんも来てくださいました。たけちゃんのお母さんが「うちの子は自閉症なんです。小さいときはすごく大変だったけれど、今、先生方がよくしてくださって、ずいぶん穏やかになったけれど、今でもいろんなことはあります。どうしてもおいてこれなくて、言葉はほとんどなくて、でも少し出てきました」とおっしゃいました。たけちゃんを一目みたときから、私はたけちゃんが、大好きって思いました。ときどきそういう瞬間があります。想いを通わせることができそうって思う、この瞬間が大好きです。
お母さんがたけちゃんに「ご挨拶をしてね」と言われました。たけちゃんは、私の顔をじっと見つめて、口を少しもごもごとされたあと、自分の言いたいことをためていたみたいにして、「カフェ」と言われたように思いました。お母さんは、「こんなときはハローって言うのよ」っておっしゃって、でもたけちゃんはまた私の顔を見て「カフェ」と言って、お母さんは「新しい単語、何かな。何だろう」って。でも、たけちゃんは繰り返し「カフェ」と言うのです。お母さんはお友達の方と「何を言っているのだろう。何だろう」といわれました。私にはコーヒーとかコピと言っているようにしか聞こえなかったので、私は「コーヒー」って言っておられるように思いますといったら、お母さんは、はっとされて、少し涙ぐまれておられたようでした。
「私がコーヒーを好きなのを知っていて、それで、きっとコーヒーって言っているのだと思います。ママにコーヒーを用意してほしい。コーヒーを飲ませてあげたいって、そう思ったのだと思います」と言われました。そしてお母さんはたけちゃんの頭をなぜて「たけちゃんにありがとうね」って言っておられました。
「この子たちは、本当はきっとすごく深くいろんなことを思っているんですよね」たけちゃんはやっぱりお母さんにコーヒーをあげたかったのだと思います。「カフェ」とまた私の顔を見ていってくださいました。たけちゃんは、私がお母さんに「カフェ」を用意してくれる人だと思って信じてくれたのだと思って、「コーヒーいる?」って聞いて探したのですが、残念ながら新しいカップがありませんでした。今、少し後悔しています。やっぱりコーヒーをホテルのどなたかにお願いして用意できたらよかったなあって。たけちゃんのことが大好きになったら、たけちゃんも新しい場所で緊張していたのが少しずつとけてきて、私はたけちゃんと手もつなぎたいなあと思ったのでした。
講演会のあと、たけちゃんにさよならするときに、たけちゃんが、ほおを寄せてくれました。私は、もう胸がいっぱいになって、ただただ、涙がこぼれそうになりました。たけちゃんと短い間でも出会えて心が通わせたら、もうさよならはつらいです。ああ、可愛いたけちゃん、ありがとう。
メールをいただいた方の中のお話の中に、身体に障害を負われたお子さんのお話があって、お話をうかがううちにゆうきちゃんとの出会いを思い出しました。ゆうきちゃんは『ゆうきくんの海』(三五館)に入っているお話ですが、ゆうきくんは男の子、ゆうきちゃんは別の方で女の子です。
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中学2年のときに交通事故にあって、片足を切断された女の子が学校に入ってきました。ゆうきちゃんという名前の女の子でした。
ゆうきちゃんはほとんど笑うということをしませんでした。周りにいるものが話しかけても、そっけなかったり、険しい答えしか帰ってはきませんで した。
教員がゆうきちゃんの授業に出て、職員室に帰ってきたときも「私、あの子苦手やわ。何言っても受け付けてくれんし、しゃべってもくれんから」「いくら交通事故にあったことが悲しくても、あんなわがまま許されるわけないわ」「つっぱってて、どうあつかったらいいかわからない、扱いづらい子やわ」 という感想が多かったように思います。
こんなこともありました。「確かにあなたは足がなくなって、つらいだろうけど、みんなに可哀想って思ってほしいと思ったら大間違いよ」と教員をしている同僚が、堪忍袋の緒が切れたからと、そんなふうに言ってしまったときのことです。
ゆうきちゃんは、その言葉を聞いたとたん、「誰が可愛そうって思ってほしいっていった?」「おまえなんか出て行け」と同僚の服をひっぱってはさみで切ってしまったというのです。
ゆうきちゃんと初めてお話をしたときのことは私もよく覚えています。教室に入っていくとゆうきちゃんは、背筋をまっすぐにして、クラスに置いてある、たったひとつの学生机に座って、まるで、すべての人とこれから闘うつもりだとでもいうように、口をきっと結んで前をにらんでいました。
「今日の給食のメニュー何かなあ、ゆうきちゃんは何が好き?」
ゆうきちゃんはこちらをちらっと見て、「関係ないでしょ」「どうしてそんなこと答えんといかんの?」と投げつけるように言いました。私が黙って、次になんと言ったらいいかわからずにいると、ゆうきちゃんは「それともあんた私に答えなさいって命令するの?」と言いました。ゆうきちゃんの答えに私はとても驚きました。「命令だなんてとんでもない、これは雑談だし、そうじゃないとしてもゆうきちゃんにいつだってどんな命令だって私はしないのよ。」
ゆうきちゃんは驚いたように私のほうを見ました。ゆうきちゃんは自分の周りに固いつめたい殻を作っているようでした。それでなければ、心という羽を傷つけて震えている飛べない小鳥のようでもありました。
「私がゆうきちゃんとすごせるのは国語の時間だけだけど、その時間はゆうきちゃんの好きなことをしようよ」「できることはどんなことでも大丈夫」
ゆうきちゃんは私の顔をじっとみつめていて、どう考えたらいいのか警戒しているようでした。「お料理でもいいし、音楽でもいいし、どこかへ散歩 に行ってもいい……」そういいかけたときにゆうきちゃんは突然「嫌、散歩は嫌よ」と険しい顔で言いました。
「嫌なことはしなくていいの。私、無理をしないのが好き。ゆっくりするのが好き。」
私はできるだけゆっくりしたお話の仕方で答えました。
ゆうきちゃんの顔がだんだん柔らかくなっていくのが私にも分かりました。そして、うつむきながら言いました。「がんばらなくてもいいの?」
私はゆうきちゃんの「がんばらなくてもいいの?」という言葉が、足を片方失ってからこれまでのゆうきちゃんの苦しみの大きさを教えてくれている 気がしました。
足を失ったことを誰からも「可哀想」なんて言われたくないという思いから、つらくても痛くてもがんばって義足で歩く練習を毎日してきたゆうきちゃんが、その苦しみを自分で守ろうとして、心の壁を作っているのだと思いました。
「したいことをする時間にしたいな。ゆうきちゃんと私の楽しい時間にしたい。」
私の言葉を聞いたとたん、どうしたことでしょう。ゆうきちゃんの目が見る見る涙でいっぱいになったのです。今まで、叱られても、つらい訓練があっても、一度も泣かなかったゆうきちゃんなのに……
ゆうきちゃんの涙から3秒もたたないうちに私だって泣きたくなってしまいました。私は泣き虫だから、えーんえーーんとすぐに声をあげて泣いてしまいます。私の声を聞いたゆうきちゃんは、私よりももっと大きな声をあげて、私と抱き合うようにして泣き出しました。「泣いてもいいの?」「泣いてもいいの?」「つらいときは泣いたほうがいいよ、悲しいときも泣けばいいし、泣きたくなったら泣いていいんだよね」ふたりとも泣きながらも話をしました。
うんと泣いた後、ゆうきちゃんはにっこり笑ってくれました。やさしい、うれしい笑顔でした。
ゆうきちゃんはそれから、私とだけでなく、少しずつ、友達とも仲良しになっていきました。涙には、自分というものを守るために作ったはずではあるけれど、それでもそれを持つことで苦しくてたまらない心の壁を溶かすエネルギーがあるのだと思います。そんなに肩に力を入れなくてもいいんだ、片意地はらなくても大丈夫なんだ、バリケードなんていらないんだということを心に教えてくれるすごい力が涙にはあるのだと思います。
ゆうきちゃんとはそれからいろいろな話をしました。一緒にセーターを作ったりもしました。それから、ゆうきちゃんはエッセイも書きました。ゆうきちゃんのやわらかな気持ちがあふれているエッセイでした。お母さんが「昔のゆうきに戻ってくれた」と喜んで下さいました。国語の教科書はすすまなかったけれど、それでもちろんよかったのだと私は思いました。
泣きたかったら泣けばいい。苦しいことは軽くなるし、悲しいこともかるくなる。もし誰かを少し恨んでいるようなことがあったとしても、その気持ちを薄く軽く、涙はしてくれると思います。だからね、泣いても大丈夫。きっと涙は私たちの味方だと思います。
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自分が悲しみや苦しみを持ったときに、それを受け止めることは本当に簡単なことじゃないけれど、でも、私たちには乗り越える力を神様が用意してくださっているような気がします。いつもいつも、私たちは守られている。そう思えてならないのです。
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宮ぷー(右)と一緒に。
1957年 金沢市生まれ。エッセイスト。愛称かっこちゃん。石川県特別支援学校教諭。障害を持った子どもたちと、教師と生徒という関係ではなく、かけがえのない一人の友達としてふれあいを続けている。分け隔てなく、ありのままに受け入れる姿勢は、子どもたちの個性や長所を素晴らしく引き出している。そんな子どもたちの素敵さを多くの人に知ってもらおうと、教師をしながら国内外での講演・著作活動など多方面に活躍中。教師、主婦、作家、母親という4役を自然体でこなし、まわりの人に優しく慈しみをもって接する姿は、多くの人の感動を読んでいる。著書に『本当のことだから』、『魔女・モナの物語』(両方とも三五館)、『きいちゃん』(アリス館)、『心の痛みを受けとめること』(PHPエディターズグループ)、『満月をきれいと僕は言えるぞ』(宮田俊也・山元加津子共著 三五館)などがある。2011年7月に新刊『ありがとうの花』(三五館)、2011年11月に『手をつなげば、あたたかい。』(サンマーク出版)を発売。
宮ぷーこころの架橋プロジェクト メルマガ登録:
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同プロジェクトから生まれたHP:http://ohanashi-daisuki.com/index.html
山元加津子さんHP「たんぽぽの仲間たち」:http://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/