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リレーでつなぐ"ハート"の話

このページは、リレー形式でそれぞれの人に“愛”をテーマに、恋愛や家族愛、人間愛、パートナーシップ、コミュニケーション、大切な人への想い…などを自由に語っていただくページです。 それぞれの方に半月に1回、計3回ずつご執筆いただき、その方から次にご執筆いただける方を紹介していただく形をとっています。順々に人と人とのつながりの輪が広がっていきます。

2013.04.15(第52回)
♪今回の執筆者♪
西郷 竹彦さん(1回目)
(西郷さんの詳しいプロフィールはページ下にあります。)
前回の執筆者 美炎さんから西郷 竹彦さんに対するメッセージ

父・西郷竹彦とはゆっくりと話をしたという記憶があまりない。
父は 本当に忙しく全国を飛び回っていたし(自宅に戻る暇なくお土産を東京駅のコインロッカーに預けて母がそれを受け取りに行くような事もあったくらいだ)、たまに帰っても日がな一日読書か執筆。中学生の時に父が恋しくなって仕事先で京都にいるとこをに押しかけて行って一日あちこち連れていってもらい、川べりの茶店の豆腐懐石などをつつきながら一体何を話したのか?
学校の長い休みになると父の主催する文芸研が全国の方々であり、学校の先生や風変わりな校長先生が父の講義を受けて、父にそんなのもわからないか!バカもん! と怒鳴られているのを見ていた。
父に以前、何かを質問した時に、それはお父さんの全集に全部書いてあるからぜひ読んでちょうだい、と言われた事があった。
父から直接語られる昔語りを聞きたかった私は、なんとなく満たされなかった。
これが今回こういう形で父の昔語りの郵送されてきた原稿をパソコンに向かって打ちながら 父から直に語られているような満足感を覚えた。
もちろんあったことのない祖父と祖母にもやっと会えたような気持ちになれた。実はどんな人かも全然知らず、ほとんど他人に等しい存在だったのだが、祖父母の思いがけない自分との共通点も見出して、天国の祖父母の存在を感じることができた。
実際にはこの倍以上の原稿の長さなのだが父は書き出すと書く事がいっぱいで書ききれんね。美炎子、適当に削っといて、というので 面白いエピソードの
大半を削らざるをえなかった。特にお手伝いの様々な奮闘ぶりのシーンを大胆にカットしてしまったから父に、あそこを削ったら……と言われそう。
しかし昔の言葉や難しい漢字を変換するのに苦労した(笑)。
忙しく体調も充分でない中、書いてくれてありがとう。お父さん。

思い出の記

◎父の思い出――薩摩藩の士族・退役軍人であった父
 父は、明治初年、薩摩藩の士族の息子として生まれ育った。父の遺品の中に染みの付いた古ぼけた布ばりの表紙の『代数学』の英語版の教科書があった。表紙をめくると、扉に、青インクの『特待』という大きな印がぺたんと捺されていた。母に見せると、
「お父さんは中学校の時、成績優秀で、特待生として教科書を無償でいただいたのだそうよ」と教えてくれた。
 薩摩の士族の師弟の多くがそうであったように、父も、中学から陸軍士官学校に入学した。陸士を出ると、見習士官で日露戦争に出征。第二軍(鴨緑江軍)の歩兵隊の小隊長を拝命したという。鴨緑江の会戦でロシア軍を破り、奉天の大会戦にも参加。戦闘の話をよく父から聞いた。
 戦後、久留米の歩兵連隊の中隊長を拝命、まもなく胸を患い、歩兵大尉で退役、闘病生活に入った。
 父は背が高く、病身ということもあって、やせて骨張っていた。ただでも大きな目が、母から『二銅銭貨』(今の五百円硬貨ほど)とからかわれるほど、ぎょろりと大きかった。
 物心ついた私が知っている父の姿といえば、ひろい十二畳の表座敷に寝床をのべ、終日、横になり読書している姿であった。時にラジオを聴いているときもあった。気分のいいときは、幼い私を連れて近くの海浜にでかけたり、たんぼや畑のあぜ道、松林や草原などを散歩する、という療養生活であった。

 父はことさら幼い私に、目にする自然の風物について『説明』するということはなかった。しかし、路傍に、変わった草花や、虫けらでも見つけると、しゃがみ込んで、じっと見続けていた。幼い私もつられてしゃがみ込み、父と一緒に、虫けらの動きまわる様子を飽かず眺めていたものである。時に可憐な草花が咲いていると、父は、それをつみ取り、枕元のコップに挿して、楽しんでいた。
 父は、口であれこれ教えるということは少なかったが、自然に対する態度そのもので、幼い私に、自然というものに対する畏敬の念を教えていたように思われる。

 ある秋の名月の夜、父が、ひとり、表座敷の縁側の近くに端然と座り、薩摩琵琶を弾じていたことがある。なんの曲であったか、今となっては知るよしもないが、母から聞いたところによると、父は、薩摩琵琶の、名手であったという。
 関東大震災の時、父は、琵琶を携え東郷元師の自宅にお見舞いに行き、琵琶を弾じて慰問したという。元師の婦人は薩摩の梅江田家の人で、父の母方の叔母にあたる。その縁あって、震災の慰問に出かけたものと思われる。元師はいたく感動され、琵琶の胴に彫り込むようにと『鶴の声 東郷平八郎』という書を揮毫(きごう)して下さったという。
 その琵琶は、日頃、床の間に飾られていたが、それを弾く姿は、後にも先にも、その時だけであった。名月をいっぱいに浴びて琵琶を弾いていた在りし日の父の後ろ姿が、今もありありとまぶたの裏に浮かぶ(残念ながらその思い出の琵琶も、家族の写真集も、敗戦直前の鹿児島大空襲ですべて塵灰(じんかい)と化した)。

 父は、あるとき、枯れた細い竹を切って、錐(きり)で幾つか穴を開け、薩摩で『天吹(てんぷき)』という尺八に似た小型の笛を作り、吹き方を教えてくれた。尺八よりはオクターブの高い笛で、いかにも薩摩の士族にふさわしい音色であった。

◎朝の一仕事
 『しつけ』といえば、私が小学校一年生に上がるというとき、父は、玄関脇の四畳半の小部屋を私の部屋としてあてがい、窓側に座り、机をおき、机の脇に、昔風の本箱を一つすえてくれた。机の前の壁に、障子紙に筆で私の朝の起床からの日程表を書いて、貼りだした。
 ざっと次のようなもので、今でも、覚えている。

  −きものを きがえる
  −ねどこを あげる
  −かおを あらう
  −あまどを あける
  −かっての みずくみ
  −にわとりの えさを やる
  −にわそうじ
  −ほんを よむ
  −あさごはん

 はじめの間は、次は何か、部屋に駈けもどって、確かめにきたが、まもなく、体で覚えてしまったこれらの『つとめ』を全部すませないかぎり、朝飯は食べられない。勿論、学校に出かけられない。
 なんとか手早くすませぬかと、あれこれ工夫する。
 また、仕事に取りかかる前に、『だんどり』が必要なことも、失敗をくりかえすなかで、自得された。
 しかも、肝心なことは、すべてが、時間との相談であった。まごまごしていると、学校に遅れる。仕事の手順も考えないと、時間と労力の『むだ」がでる。すべては、頭の使いようで決まる、ということを学んだ。
 家の手伝いは、学校がひけて帰ってからも、あった。週のうち三度は、薪割りと、縁側のぞうきんがけがあった。薪割りは、薪の末からではなく、元からでないとうまく割れないということも、あれこれやってみて悟った。元のほうからだと気持ちいいほどさっくりと割れる。

 薩摩の士族の家では、男の子に、勝手(台所)を覗かせることはさせない。しかし我が家は、父の主義で、男の子も勝手の仕事の一部をさせられた。五年生からは、米をといで、飯炊きもさせられた。竃(かま)で薪をたきつけるコツも教わった。
 自分の下着の洗濯は、自分でさせられた。小倉の洋服は洗濯桶で、洗濯板を使い、ごしごし洗濯させられた。アイロン掛けも勿論自分でした。
 
 今になって気づいたのだが、手伝いのことで、母も父も、はじめから要領は教えなかった。多少ヒントは与えられたが、子どもが試行錯誤して自分で、手だて、手順を見つけ出すよう、仕向けていたように思う。

 後年、東大の応用物理学の実験副手を拝命したとき、主任教授の真島正市先生に『西郷は実験の段取りがうまい』とお褒めをいただいた。少年時代の手伝いの経験のおかげと感無量であった。

◎母の思い出
※片言の朝鮮語で
 母は、朝鮮総督府の官史の家に嫁いだが、夫が若くして病死したため、鹿児島に帰り、漢方医であった実家で看護婦がわりの手伝いをしていた。たまたま、妻に先立たれ、私という乳飲み児を抱え途方に暮れていた父と、縁あって、再婚した。妻として、なさぬ仲の母として、また『看護婦』として、母の苦労は大変なものであったろう。
 母は、人一倍、情け深い性で、あの頃、行商の朝鮮人が来ると、縁側に腰掛けさせ、お茶や、漬け物などを振る舞っていた。朝鮮でならい覚えたおぼつかない朝鮮語で、やりとりしていた。民族差別のきつかった当時の鹿児島で、故国の言葉で優しく話しかけてくれる母の存在は、彼らにとって、まさしく『砂漠のオアシス』であったろう。
 近郊の村からやってくる野菜や魚の行商人も、お昼時になると我が家に立ち寄り、縁側に腰掛け、お茶を呼ばれ、食事をしていったものである。
 なさぬ仲の私を、わが子のようにかわいがってくれた。私は中学を出る頃まで、実の母と思いこんでいたほどである。

※母の『まじない』
 母は、薩摩藩の御殿医(漢方医)高橋家の三女として生まれた。当時の漢方医は、蘭学も学んでいたらしく、母は、西郷家に嫁いでくるとき、嫁入り道具の他に、漢方薬や、なにがしかの西洋医学関係の薬や、秤や蘭学の器具なども持参したようである。胸を患っていた父や、幼い私の、風邪や腹痛程度のことは、母が、病院からいただいてきた処方箋で薬を調合していた。
 母は、いわば、明治の文明開化の波に乗った『新しい女』であったが、何故か、古風ないろいろな『まじない』も心得ていて、父には『内緒』で、幼い私には、あれやこれやの『まじない』をしてくれたものである。
 腫れ物ができたりすると、頃合いを見計らい、台所から、刺身包丁を持ってきて、口になにやら『呪文』めいた言葉を唱えながら、包丁の刃先で腫れ物を『つつく』まねを繰り返すのである。その『まじない』が効いたのか、奇妙に、膿みが出て癒えるということがあった。近所の女達も、子供を連れて、『まじない』をしてもらいにきたものである。
 士官学校で近代教育を受けた父は、そんな『まじない』は迷信と思っていたらしいが、母のすることに文句らしいことを言ったのを見たことはない。
 あのころ、履物といえば、下駄か草履で、小学校へも、靴を履いていくことは、ほとんど無かった。母は、私のために下駄を買ってくると、竃の炭火を火箸で鋏み、その炭火で、下駄の歯の『浄め』をしてから、履かせてくれた。つまずいたりせぬようにという親心であった。

※歯のおとむらい
 虫歯がかけると、母は、『歯のおとむらい』をしてくれた。
 夜になるのを待ってから、二人で母家の庭先に出る。母子二人、家の方を向いて並ぶ。下駄のつま先をきちんとそろえる。新しく生えてくる歯が乱ぐい歯にならぬようにということであろう。真っ暗な庭先に母子二人しっかり手をつなぎ、 無言で暫く立っている。厳粛な神事に臨んでいるような思いで身がひきしまった。
 母は、片手で幼い私の手をしっかり握りしめ、それから、巫女のように唱え言を唱えるのであった。

   ねずみどんと すずめどんと      鼠殿と 雀殿と
   はよ 歯が はゆくらご        早く 歯が生え比べ


 唱えごとを唱えながら、上の歯は、床下へ、下の歯は屋根の上へ、ほうるのである。 
 夜目にもしるく白いつぶてが、屋根の瓦に『カラ カラ』とかすかな音をひびかせる。母の手をじっと掴みながら聴いていると、母の暖かい思いがじわじわと伝わってくるようであった。

※女の命―黒髪を断つ
 長い闘病生活の果て、父は昭和三年の正月三十日、鬼籍の人となった。私が小学校三年生の三学期のときであった。
 父を死出の旅路の衣服に包み、いよいよ出棺というとき、母は、父のもとに駆け寄り、みずからの手で、あのゆたかな黒髪をぷっつりと断ちきり、夫の胸に抱かせた。

 まだ三十前の若い女の命を、病身の夫に捧げた、儚くも健気な人生であった。

Profile:西郷 竹彦(さいごう たけひこ)

西郷 竹彦さん
1920年鹿児島県生 文芸学者
元  鹿児島短期大学教授
現在 文藝教育研究協議会会長
    総合人間学会理事
著作『西郷竹彦 文藝・教育』全集 36巻 恒文社 他多数
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2012.07.15 :「呼吸」には力がある (橋本 雅子(はしもと まさこ))
2012.07.01 :私にできる「小さな愛」 (橋本 雅子(はしもと まさこ))
2012.06.15 :魂は、あなたが気づくのを待っている (鈴木 七沖(すずき なおき))
2012.06.01 :新しいコミュニケーション時代に必要なこと (鈴木 七沖(すずき なおき))
2012.05.15 :「人のご縁」が人生の変容を迫ってくる (鈴木 七沖(すずき なおき))
2012.05.01 :生きざまを残す  (比田井 和孝(ひだい かずたか)
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2011.08.01 :あなたのミッションは何ですか?(水村 和司(みずむら かずし))
2011.07.15 :悲しみのクラスター(水村 和司(みずむら かずし))
2011.07.01 :いちばんたいせつなことって、いったい何?(佐藤 伝(さとう でん))
2011.06.15 :恋は “カゼ”(佐藤 伝(さとう でん))
2011.06.01 :パートナーは、人が運んでくる(佐藤 伝(さとう でん))
2011.05.15 :単純なものに真実がある(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.05.01 :本気で叱る、関わり続けるということ(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.04.15 :今の自分がいる理由(中西 学(なかにし まなぶ))
2011.03.24 :人生を愛で満たす(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.03.01 :愛のバトン(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.02.15 :“愛”はすでに自分の中にある(原村 和子(はらむら かずこ))
2011.02.01 :“おめでとう”は器のバロメータ(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))
2011.01.15 :“ありがとう”は魔法の言葉(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))
2011.01.01 :愛を持って(佐奈 由紀子(さな ゆきこ))



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