リレーでつなぐ"ハート"の話

このページは、リレー形式でそれぞれの人に“愛”をテーマに、恋愛や家族愛、人間愛、パートナーシップ、コミュニケーション、大切な人への想い…などを自由に語っていただくページです。それぞれの方に半月に１回、計３回ずつご執筆いただき、その方から次にご執筆いただける方を紹介していただく形をとっています。順々に人と人とのつながりの輪が広がっていきます。

2015.12.01（第105回）

♪今回の執筆者♪
尾庭恵子さん（３回目・最終回）
（尾庭恵子さんの詳しいプロフィールはページ下にあります。）

あなたにしかできないことは、何ですか？

　『高次脳機能障害』。耳慣れない言葉でした。２、３年前だったか、よくフェイスブックでコメントをくださっていた女性が広島にいます。その彼女が、ある日、突然倒れて、高次脳機能障害になったそうです。短期記憶ができない。昨日あったこと、今日あったことが覚えられない。今年に入って、何通も届いた手紙には、その障害の大変さと不安、いつまで続くかわからない入院生活のつらさと、「恵子さんに会いたい」という想いが、とても丁寧な文字で、たくさんたくさん綴られていました。同じ内容の手紙が何通も届きました。
　一度もお会いしたことがないのに、こんなに想ってくださる彼女に、私はいつか会いに行けたらいいな、と思っていました。そして、そう思いながらも、まだ本気では、思えていない部分がありました。とはいっても、お会いしたことのない人だし。私は神戸で、彼女は広島だし。その話を友人にしたとき、その友人は、言いました。

　「あなたにしかできないこと。それはそんなに多くないよね。人生で、一人の人でも喜ばせることができるのなら、それはとても、素晴らしいことじゃない？　行くしかないでしょう」と。会いたいといってくれる人がいる。でもその人は会いに来ることができない。こちらは会いにいくことができる。だから会いに行く。ただ、それだけ。
　話をしながら、行く気持ちが固まってきた私に、その友人はさらに言いました。「いつ行く？」スケジュールをみると、年内かなり埋まっていて、丸１日動けるのは、その日の翌日でした。カラダを休めたくて、予定をキャンセルしていた一日なので、行こうと思えば行ける。だったら行こうと、その友人は、おそらく、それでも心細い私を想ってか、連れていくからと、その場でレンタカーを手配し始めました。
　短期記憶ができないということは、わたしが会いにいっても、数時間後には忘れてしまうかもしれない。その日、夕食を食べながら、大学生の長男にその話をしたときに、「それでも、そのとき、その人が、喜んでくれたら、きっとそれでいいんだよね」と言ってくれました。息子のその言葉で、「目の前の人と幸せになるために、何ができるだろう」の真髄を感じて、ちょっと涙が出そうになりました。そのとき、その人と、しあわせな気持ちを分かち合う。それができたら、それが覚えられようが、忘れられようが、そんなことはどっちでもいい。

　翌日、実際に会いにいきましたが、病室を訪ねたとき、突然だったにも関わらず、彼女は一目で、わたしのことを尾庭恵子だとわかってくれて、涙を流して喜んでくれました。　２年前に部数限定で、手作りでつくった小冊子を、病床に持ってきて、いつも読んでいるのだと、ぼろぼろになったその本を、ベッド脇の手提げ袋から取り出して、見せてくれました。忘れてしまうと嫌だからと、「○月○日○時○分　尾庭恵子さん来訪」と、すぐにメモに書き留めていました。その後、昨年出版した本にサインをし、しばらく、缶コーヒーを飲みながら、お話をしました。ツーショットの写真も何枚か撮りました。その写真は、記憶がつながるようにと願いを込めて、何回かに分けて郵送しました。
　行って、良かったのだと思います。どんな意味があったかは、わからないけれど、それでも行って良かったと思っています。人の心も感情も、時がたてば変わることもある。忘れてしまうこともある。でも、その時、嬉しいと思ったこと。大好きだと思ったこと。すごく愛しいと思ったこと。それはすべてホンモノだとも思いました。忘れられてもなんでもいい。一緒に笑ったことが、大切な気がします。そして、どれだけ多くの人を幸せにしたか、とか、どれだけ多くの人に知られたか、とか、どれだけ多くの人に影響を与えたか、とか、どれだけ収益をあげることができたか、とか、そういうことよりも、たった一人でも、実際に笑顔にすることができたこの出来事は、私にとって、とても大切な出来事になった気がします。

　大きな場所で多くの人に届けることができるスケールの人もいれば、目の前の人に届けることが役目の人もいる。わたしにしかできないことは何だろう。そして、あなたにしかできないことは何でしょう。それを見過ごさず、見落とさずに、実践していける人になれますように。それができれば、見返りを求めない多くの愛が、社会を満たしていくと思います。そういう心を伝え続け、自らも行動していける人であり続けたいと思っています。

Profile:尾庭恵子（おにわ　けいこ）

尾庭恵子さん

大学卒業後、損害保険会社に総合職として入社。長男が、先天性高度難聴というハンディをもって誕生したことで、養育に専念。言語化しにくい息子と向き合いながら、「心の声が聴ける人になりたい」と痛切に思い始める。その想いが今の活動の原点となる。主人が経営する会社の総務・経理・事務全般においてサポートしつつ、２歳違いの男子二人の育児のかたわら、コーチングやフローについて、本格的に学び始めた。スタッフ充実にともない、実務からはずれ、従業員満足度向上、社内の空気づくり、チームワークづくりに力をいれた活動を展開。新事業部を発足し、組織をつくっていく上で必須の、モチベーション、コミュニケーション、マネジメント、リーダーシップ、チームビルディングを、グループワークを通して学んでいく研修を社内外で展開。中学・高校・大学での課外授業などでの研修も始める。
企業研修、ＰＴＡ研修、あるいは個人セッションで大切にしていることは、スキルやテクニックではなく、マインドを育みたいということ。それは、聴こえにくい息子を育ててくる中で、文法や語彙力、発音（＝スキルやテクニック）ではなく、伝えたいと思う気持ち、どうしてもわかりたいと思う気持ち（＝マインド）を育てることが重要だと痛感したから。そしてそれは、聴こえにくいハンディをもつ彼だけに言えることではなく、すべての人に言えること。どの活動も、その想いがベースになっている。
２０１４年には株式会社トリニティ・アーツを設立。また、『だいじょうぶ～心の声が聴こえるよ』を、ペンネーム美月ここねとして出版。家事、育児、仕事、ライフワーク、そして自分自身を大切にすることのバランスをいかにとっていくかを常に考えながら、会社役員・研修講師・ライターとして活動中。　
　
【主な研修・講演先（敬称略）】
神戸商工会議所、香川県中小企業同友会、下関商工会議所青年部、関西学院大学、畿央大学、加古川市立平岡中学校、姫路聴覚特別支援学校、シンガポール日本人学校、彦根ＰＴＡ連絡協議会、介護福祉団体、家具製造販売店、保険代理店、飲食チェーン店など

尾庭恵子Official Site：http://haiji-k.jp/
美月ここねOfficial Site：http://mizukicocone.com/
著書『だいじょうぶ～心の声が聴こえるよ』　2,200円＋税　トリニティアーツ出版