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船井幸雄注目の “本物”に携わる人たち

このページでは、舩井幸雄が注目していた、医療、経営、農業、未来予測、占星術などあらゆる分野で活躍する“本物”と言っていい方々を紹介します。それぞれの方に毎月1回、3回ずつコラムを書いていただき、順番にいろいろな方を紹介させていただきます。

2013.06.10(第30回)
★今回の執筆者★
綾の自然と文化を考える会代表 他 
郷田 美紀子さん(3回目・最終回)
(郷田さんの詳しいプロフィールはページ下にあります。)
綾からの発信 〜その3 母としての一筋の道〜

 1997年、父が命がけで守った綾の森に巨大な送電線鉄塔が16基も建つという問題がおきました。原発と揚水ダムをつなぐためのものでした。前々回におはなししたように、かつての綾は貧しく、夜逃げの町と揶揄されていました。その町を美しく魅力的な町だと評価を受けるように作りあげてきたというのに何ということでしょう。
 私は父が作りあげてきた綾の町の理念と景観を、綾の町のために守りたいと思いました。そして、美しい綾を未来の子供たちに残していきたいと思いました。本気でした。私は無謀にも、町・県・国とつながる行政と、九州電力といった企業を相手に反旗を翻(ひるがえ)しました。
 しかし、その時の私は、それがどんなに無謀であるかは考えていませんでした。
 「綾を守らなくては」という直感的、いや、もしかしたら本能的な感情だけが私をつき動かしていました。父がこの世を去る三年前のことでした。問題が起きた当時、父はまだ元気でした。鉄塔の事を心配し、色々調べたようでした。そして私に、「美紀子、町長がすでに調印している。いくら頑張っても、もう間に合わないと思う」と言いました。行政の長が、印鑑を押したら、町民が納得しなくても実施されるという理不尽さに対する憤りが私の中に強くありました。父や母が心配するのを横目に、私は不可能なことはないはずだ、きっと流れを変えることが出来ると思っていました。
 仲間は綾に住む数名の移住者のみでした。
 「よそ者・若者・馬鹿者」とはよく言ったものです。行政にはむかえば、自分たちの生活が危うくなるのですから、当然のことかも知れません。実際、私の薬局には誰もやって来なくなりました。反旗を振っている人と同じに思われるのを避けたかったからでしょう。
 仲間はそういうしがらみのない人達でした。
 地元の唯一の出身者ということで、その会の代表に選ばれ、以後、私は十年余り、綾の森のおばさん版もののけ姫だったと思います。
 
 過激で、しかも町の中で孤立する日々が続きました。辛くなかったかと言えば、嘘になります。しかし、私には父がついていてくれました。父は、2000年3月21日に他界しました。
 一休和尚の「どこにもいかぬ、ここにおる。尋ねはするな」と「自灯明」が父からもらった言葉です。父がついていると思うこと、もしかしたらこれが親の血が流れているということなのかも知れません。自分がこんなに頑固で、決して諦めない人間であったとは、知りませんでした。
 これは、綾の森にとって二度目の大きな危機でした。本気で向き合わなければとても太刀打ちできる問題ではありません。色々な勉強会、会合、座り込みも、デモ行進も行いました。新聞やニュースで毎日のように取り上げられました。綾の森の価値を改めて知っていただくために、父の時代に行政が行っていた照葉樹林文化シンポジウムを手作りで復活させました。
 やがて、この会は大きく広がることになるのですが、初めはいつでも独りで始まります。
 その時、先日お亡くなりになった照葉樹林文化の第一人者である佐々木高明先生に綾に来ていただきました。先生は父のことも綾の森の全伐採阻止の物語も御存知の方でした。
 吊り橋に立たれて森に向かい、深々と頭を下げられ、「よくぞ守っていただきました」と三度つぶやかれました。その時、先生の目に涙が浮かんでいたことを私は忘れません。
 過激な日々が続きました。しかし、そのうち私は反対のための反対運動では、仲間の輪が広がらないことに気付きました。誰もが気軽に楽しく参加できる運動に切り替えなければならないと思いました。

 鉄塔建設の工事着工の予定日まで時間がありませんでした。その頃の私は、この問題しか頭にありませんでした。そこで考えついたのが「綾の森を世界遺産にする会」の発想でした。むろん、鉄塔反対の過激な運動の火が消えないままに、運動の形を突然、変えてもまわりの人が納得するはずはありません。
 そもそも、当時の宮崎県で、綾の森にかかわる人はほとんど皆無でしたから、「綾の森を世界遺産にする会」は、東京で発足することになったのです。この時、本当にたくさんの方々にお世話になりました。
 中でも、筑紫哲也さんは何度も綾を訪れて下さり、メディアにも大きくとりあげて下さいました。
 岐阜の清見村のオークヴィレッジの稲本正さんにはスタート時にたくさんのヒントをいただきました。
 国内外で御活躍の方々に賛同人になっていただきました。むろん、船井先生も賛同人の一人になっていただきました。
 そうやって東京でおこした新しい、しかも楽しい運動は宮崎にもってきて大きく輪を広げることが出来たのです。二ヵ月で15万人の署名を集め、それを環境省に届けました。多くの方々に愛された綾の森に光がさしたように思えました。私の人生で一番忙しい日々だったと思います。
 この鉄塔にからむ様々な問題を通して、私は苦難も味わいましたが、素晴らしい方々とお会いすることも出来ました。正しいと思うことを守るために、どんなことにも決して逃げず、その問題と真摯に向き合うことの出来る方々でした。日本自然保護協会の方々。ユネスコ国内委員であり、東大大学院教授をされていた大澤先生、現東大大学院教授の鬼頭先生、その他多くの皆さま、この紙面を借り、改めてお礼を申します。この方々が、綾の森を世界的に価値あるものとして広く認識されるように御尽力下さいました。
 エコパークへの道筋も作って下さいました。昨年、正式にユネスコエコパーク(文部科学省が窓口となる世界遺産)に選定され、綾の森を宝に展開していった綾の町づくりが世界でも高く評価されるようになりました。父がどんなに喜んでいることでしょう。綾の森を見ながら、私は思います。
 全力を尽くしたけれども、結局、鉄塔は建ってしまいました。私は綾を守ることはできませんでした。しかし、もしかしたら、目に見えない何かは守ることが出来たかも知れません。仲間達と頑張った日々は徒労ではなかったのだと、そう思っています。
 父も天国から、綾の森のために御尽力下さった方々に、心から感謝しているだろうと思います。
 様々な確執を乗り越え、綾はみんなの心が、ひとつになって、結いの心の町づくりをしています。父の願った、本ものの美しい村づくりをめざしています。

 私は今、65才です。道半ばかもしれませんが、自分の人生をふり返って思うに、私は幾つもの道を歩いてきたと思います。
 その時は夢中でしたから、気付きませんでしたが、今思うと、よく小さな私のこの体が倒れなかったものだと思います。森を守る運動も命がけのことでしたが、母として、長男タケル(壮)を一人前の男に育てあげようと思う心も本気でした。
 大学を中退して、百姓になるという彼と、私もゼロから無農薬の野菜づくりの百姓を始めました。相談薬局の薬剤師という仕事をもっていますので、毎日、一日三時間が私の畑仕事でした。
 ここで、土から教えられたことは本当に深いです。いつか機会がありましたら、畑に私が学んだことをお伝えしたいと思います。私は母として、後姿で息子を育てようと本気で思っていましたが、まわりの人から見たら、不器用で不十分だったことでしょう。 とにかく、一度ぐらいは農薬を使ってもいいと言われるまわりの方々の優しい言葉は無視して、一回とゼロ回では、いのちへの思いが異なると必死で、無農薬にこだわり、そして、虫や草と戦っていました。不思議なはなしです。虫や草と共に生きる農法に気付くのに五年かかりました。
 生前父が、「美紀子、あの自然の山が誰も耕さず肥料をやらないのに、毎年毎年たくさんの木の実をつける自然とは素晴らしいものだなぁ」と言っていた言葉が腑に落ちるのに五年かかったのです。
 私に多くを教えてくれた父。
 そして、学ぶ機会を作ってくれた長男タケル。
 もう二人ともこの世にはいません。
 タケルは34才の若さで、クモ膜下出血という生まれつきの病気で突然この世を去りました。
 私は、生きる意味を失いました。どうして別れなければならなかったかと苦しみました。
 でも、今は、何故、タケルと出会ったか、彼が私の息子として産まれてくれた理由を考えます。そうすると、全てが納得できるのです。
 タケルは、私を育てるために生まれてきました。
 私が手を抜くと、この子も手を抜く。ひとつひとつ大切に後姿を見せなければという思いが、自分を育てたと思います。

●薬剤師として
 薬局の中に、台所をつくったのは三十年前のことです。薬だけでは、病気の予防も治療もできないと思ったからです。
 むしろ、食べ物が何より大切だと思えました。
 今となれば、それも当たり前の考えですが、当時は前例がなく、保健所の方から、どうして薬剤師が食なのかとずいぶんお叱りを受けました。
 薬局と台所に戸で間仕切りをつくることでなんとか許可をもらいました。そこを改築して、「オーガニックごうだ」という薬膳のレストランをつくったのが、十五年前のことです。これもまわりの薬剤師から薬局がつぶれたのかと心配されてしまいました。
 薬局を半分に区切って作った小さなレストランでは漢方薬をあえて使わず、我が家の無農薬野菜と町内の安心野菜で五味調和を考えて料理をつくっていきます。
 だしをとること、良い調味料を使うことが私のこだわりです。食べた方の心に届くこと、つまり食べることの意味や、良い食べ物がどのように心に響き、それがどう体を喜ばすかを体感していただきたいと思っています(※私の提案する「生きるための食」の定義は文末に紹介させていただきました)。

 薬局は未病を防ぐ仕事でありたいと思いつつも実際は、ガン等の重傷な患者さんと向き合うことが多く、その方の病と心を受けとめ、一緒に良い方向をめざす場となっています。
 その時、食事指導はもちろん重要ですが、こころのありようもとても大切だと思います。
 肉体と魂とのこと、死の受けとめ方も学び合います。私たちは生きているのではなく、生かされているのだということ、魂は永遠であること、肉体の死は本当の別れではないこと。
 一瞬一瞬に集中して、感謝して生きることが私たちにできる最善であること、どんなに悲しく苦しく、心が暗闇にあると思える日にも、光に魂の目を向けること、光の中に生きること等々をおはなししています。
 多分それは、弱く悲しいわたしがタケルや子供たちの喜ぶ母であろうと思っているから、日々、自分が思い続けているから、言えることなのかもしれません。ここでもタケルが毎日私に教えてくれているのです。
 「笑って母さん、悲しまないで母さん」
 いつもタケルは傍にいるのだからと。
 三年前、いのちの学び舎として、「薬膳宿舎 ビオスごうだ」という小さな宿泊所をつくりました。
 ここで食のことや、こころのことを学び合いたいと思っています。そして、疲れた心や体を癒してほしいと願っています。
 私の考えに賛同して下さるドクターがすぐ近くに結い診療所をつくられました。その診療所と一緒に二泊三日の断食コースも行っています。そこには、テレビもありません。静かにこころ豊かな時をすごして欲しいと願っています。光の中で感謝に満ちて生きることを学び合いたいと思っています。ビオスのまわりに、たくさんの木を植えました。やがて、そこに森ができて、たくさんの小鳥がやってくることを夢みています。

 船井先生、こうして今、先生にお話を聞いていただくのも、先生が父・郷田實のことを御存知でいて下さったからです。綾を知っていて下さったからだと思います。その御縁で、私のお店にも来ていただき、ある時は、私の作った弁当を持って、綾の森にご一緒したこともありました。なつかしい思い出です。
 その時、先生がおもしろいことを言われました。
 「前世であなたは私の母でしたよ」。
 えーっとびっくりして先生のお顔をまじまじと見たのを覚えています。
 先生はにこにこと楽しそうに笑っておられました。私にとり、宝のように大切な先生との思い出です。
 人には皆、それぞれに真剣な人生があり、誰もがそれぞれの苦しみを乗り越えて生きていると思います。私も、私なりの運命を受けとめて精一杯に生きてきましたし、これからも終わりの日まで、自分の精一杯を生きるだろうと思います。そう思えるのは多分、私が母親だからと思います。
 野生の鳥が日頃は近づくことさえ出来ないほどすばやく飛び去るのに、羽の下にヒナを育てている時はどんなに大きな敵にも逃げようとはしません。命をかけてヒナを守ろうとする姿と、私が生きている道筋とはおそらく同じだと思うのです。
 私はこれからいつまで生かされるのでしょう。
 それは、解りません。解っていることは終わりの日まで母親であり続けるだろうということです。
 思えば、船井先生がにこにことお弁当を食べながら言われたあの時、先生には私が羽の下にヒナを抱く一羽の母鳥に見えたのかも知れませんね……。
 そして、それこそが、小さな私の一途な「本もの」への道なのかも知れません。

 御縁をいただき、感謝で一杯です。
 ありがとうございます。

〜オーガニックごうだのこだわり〜
 オーガニックとは環境を汚さずに作ったものを指します。
 「医食同源」といわれるように、まさしく食べ物は人の体の「肥料」なによりの「薬」となりますし、その逆のこともありえます。良い食べ物とは、できる限り無添加・無農薬であることはもちろんですが、漢方薬膳では“気・血・水”の考えの基に“酸・苦・甘・辛・鹹(からい)”の五味調和を重要視いたします。
 また、気候風土に見合っているかということも忘れてはなりません。
 私共は、食材を充分吟味し、真心を込めておもてなしをいたしたいと考えております。
                                   薬剤師 郷田美紀子
                        *  *  *  *  *

Profile:郷田 美紀子(ごうだ みきこ)

郷田 美紀子さん
綾の自然と文化を考える会代表
綾の森を世界遺産にする会代表
まちづくりコーディネーター・薬剤師・百姓

宮崎県生まれ。薬剤師。1993年長男の希望を機に農業を始める。1997年薬膳茶房オーガニックごうだ開店。
1998年綾の自然と文化を考える会代表。2000年から草や虫を敵としない「自然農」を実践する賢治の学校・綾自然農生活実践場「食養講座」の講師を8年務める。2003年綾の自然を守る運動の流れから綾の森を世界遺産にする会代表となる。著書『結いの心―子孫に遺す町づくりへの挑戦』評言社(2005年)は父・郷田實さんが他界された後、美紀子さんが加筆し復刊された。
★オーガニックごうだ/ビオスごうだHP: http://biosgoda.com/08_organic/index.html
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